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第一話「アルフレッド・アッテンボロー」

サリア共和国は首都リュミエル発、サフィール王国を抜けて、エスターラント帝国、そして東方タルキアへ、大陸を東西に横断する国際線がある。

その名をアウローラ急行と言う。

機関車一両、寝台車三両、食堂車一両、荷物車三両の計八両編成。豪華絢爛な内装に、いくつもの国境を跨ぐとあっては、鉄道旅の花形であった。もちろん庶民では到底手は届かず、この車両に乗り込むのは専ら貴族と決まっていた。


しかし今次の便に乗り込む乗客たちは、その通例からは少しばかり外れていたのである。確かに乗客は一応身なりは整えてあったが、一流の晴れ着を持ってしても、彼らの溢れ出る品格を抑えることはついに敵うことはなかったらしい。

彼らは傭兵である。

かつての戦争でより安価でより強力な国民軍が威力を発揮して以降、この大陸では少しずつ姿を消しつつある存在だった。土地もなく、職もなく、芸もない。そんな彼ら唯一の資本はその体であった。

彼らがこれほどの厚遇(こうぐう)を受けるのは、彼らの今次の職務の重要性、特殊性を端的に示していた。


「ねえ。その靴、綺麗にしたげるよ」


靴磨きの少年が一人の長身の傭兵に声をかけた。


「小僧、俺のこの一張羅(いっちょうら)が汚れて見えるのか」

「俺の目は確かだよ。もっと綺麗にしてあげる」

「言うじゃねえか」


傭兵は工場の廃棄物のダンボールで作られた手製の看板の中から料金表を見つけ出し、足を差し出した。


「よかったぁ。多分おじさん達、お金持ちじゃないよね。今日は誰も買ってくれなかったから、待ちぼうけをするとこだったよ」

「まあな。靴なんざどうでもいい連中だろうよ」


少年は一心不乱に靴を磨きながらふうんと相槌を打った。


「何者なの?」

「俺たちか……俺たちは正義の味方だよ。魔王をやっつけるんだ」

「魔王って、ラザール・ド・ミュラのこと?すごいな、いっぱい人を殺した悪い奴だって聞いたよ」

「ああそうだ」

「じゃあ俺も、魔王が死んだら戦争も無くなるのかな」

「それはーー」

「もうね、ヤなんだよ。誰も帰ってこないのは」


傭兵の目には先ほどの看板にびっしりと貼られた貼り紙だった。そこには多くの名前と年齢とが書いてあった。


「一番古いのはね。四十年前にいなくなった子なんだよ」

「これか、ジャンヌ・ルブラン」

「おばさんは俺たちみたいなみなしごのお世話もしてくれたいい人なんだけどね。ずっと昔に別れた女の子のことが忘れられないんだ。最近はぼけも進んでその子のことしか言わないんだよ」


汽笛の音が鳴り響く。同時に女の怒声も響く。


「やばっ。小僧、時間だ」

「ダメだよ、まだ半分しか終わってない。これじゃお金もらった意味がないよ」

「もう半分は帰った時にしてもらうさ」


男は列車へと駆けていく。


「そん時のお代は別だかんなーっ!」

「おうともよ」




荒くれ者たちが騒ぐ食堂車の前方、一両目の寝台車にて一人の女がむくりと身を起こす。ボサボサの金髪をわしわしと撫でつけながら、女は周囲を見る。

この荒くれ者たちの中では大層な美貌の持ち主と言えた。今は寝起きだが、身なりを整えれば傾国(けいこく)の美姫にすらも比肩(ひけん)するだろう。

もっとも、その節くれだった髪と、未だ彼女の目元に大きな影を落とすクマが、彼女の美貌を台無しにしていた。


「……」


女は周囲を見渡す。まだ寝ぼけているようだった。

向かいの寝台では水火夫服(すいかふふく)に身を包んだ少女がしきりにいびきをかいていた。それから車窓に目をやって、流れる景色を数秒見てから枕元に視線をやる。

ピョン、と女の髪が突然隆起した。寝癖ではない。獣人特有の大きな外耳が彼女の髪を押しのけたのである。そして先ほどまでの鈍重さとは打って変わってベッドの布団を押しのけたり、ベッドの下を覗き込んだりしたのである。


「ない」


女は小さく、呻くように呟いた。それからもう一度狂ったように布団を押しのけ、ベッドの下を覗き込んだ。

女は手早く用意されていた男物のスーツを着込むと、暴れる髪を整えるのもそこそこに寝台から飛び出した。


「おい」


目当てのものはすぐに見つかった。最後方の客車に連結していた食堂車の酒盛りにて、ある男がぶどう酒を片手にそれを眺めていたのである。

それは長尺(ちょうじゃく)の太刀であった。いや太刀と呼ぶほかなかったが、随分と奇妙な見た目をしていた。

先端に行くにつれて異様なまでに反り返り、それ故に切っ先から反りの末端にかけては異様に刀身の幅が肥大化していた。決して鞘口からの抜刀は到底不可能であり、男もそれを武器としてではなく芸術品を愛でるように扱っていた。


「なんだよ、犬女。お呼びじゃないんだぜ」


男は軽薄な雰囲気を全身に張り付けながら酒を煽った。


「用が済んだら帰る。それは私のだ」

「それ?どれだよ。全部俺のだ。酒も、こいつもな。駄犬から人間様がおもちゃを取り上げて何が悪い?」


男のつまらない冗談にも周囲がどっと湧く。相当出来上がっているようだった。

男はゆらりと立ち上がる。白スーツに長い手足を包んだ様は周囲の荒くれ者よりも洒落た風体であった。


「おい、バカに重いじゃないか。お前のその細腕には持て余すだろ」

「……父の形見だ」

「聞いたかよ。ケダモノにも家族の情というやつがあるらしい!」


女は一見動じた様子はなかった。彼女にとっては慣れたことであったからだ。


「おい犬ころ、こいつあ、極東は敷島(しきしま)国の大業物だぜ。獣風情にはもったいない代物だ。俺が責任を持って保護してやるよ」


男は立ち上がる。決闘だ、と嫌な笑みを浮かべていた。


「来な、おあつらえ向きの場所がある」

「望むところだ」


女は答えた。むしろ合法的に殴れる理由ができたことを喜んだ。それが無かったとしても、彼女はきっと行動に移しただろう。






国際線は客車三両と同数の荷物車両を連結していた。通常の路線と比較すると非常に荷物車の非常に比重が大きく、事実として比較的大きな傭兵たちの荷物を積み込んでもなお、二両で事足りていた。では最後の一両はというと、これは鉄道会社の思惑が関係していた。

開業より二十年ほどが経過していた本国際線は、その顧客を貴族など上流階級に依存していたために、彼らの興味を引くための企画を開催したのである。


車両内には食堂車にいた荒くれ者たちの大半が集っていた。みな酒気を多分に帯びた歓声を上げている。その中で一人の傭兵が相対する二人の決闘者の間に立つ。

彼の名はジャン=ピエール・モラン、決して弱いわけではないが、この歴戦の猛者たちの中では実力が劣り、彼の方もそれを弁えて自ら使い走りの役に甘んじていた。


「アルフレッド・アッテンボロー!」

「おう」


モランの呼びかけに男、アッテンボローは返事をした。その顔にはやはり軽薄な笑みを張り付けていた。


阮金花(グエン・キム・ホア)!」

「ああ」


女、花はやはりぶっきらぼうに返事をした。彼女は進行方向側に立ち、彼女に相対するアッテンボローは当然だがその逆に位置していた。


「双方、用意は良いか!」


大陸には決闘を礼賛、推奨、あるいは許可をする条約も法律も存在しない。

かつての歴史では強盗騎士などがこれを悪用して略奪に興じたためである。決闘という制度が禁止されてから数世紀の時を経て、金品の略奪、殺生をしない代わりに娯楽として、スポーツとして決闘をするための場所を復活させた。

週末には集った貴族たちがしきりに戦士や傭兵を揃えては、これを賭博の対象としたのである。

それが俗にいう決闘列車、この時代に蘇った時速五十キロで走るコロッセウムである。


「両者はこれより、極東の大業物(おおわざもの)景雲(けいうん)』を巡って決闘を行う。これより武器の使用は禁止とする。ただし、決闘による負傷、あるいは死亡事故は不問とする」


傭兵の遵法意識(じゅんぽういしき)を考えれば当然のことであった。彼らは戦士であり、盗賊なのである。法律や条約など唾棄(だき)すべき存在であった。


「降伏はいつでも受け付けてやる。俺は博愛主義者だ。たとえ獣だとしても、生きる権利はあると常々考えている」

「?」

「許してやると言ったんだ。俺は8960魔力の八等級だぜ」

「?!」


アッテンボローの言葉に周囲はざわついた。


「八等級だと、準魔王級じゃねえか。初めて見たぞ」

「正規軍でも四等級から六等級、俺たちですら七等級が上限だ」

「あいつ、いけ好かねえとは思っていたが、喧嘩売らなくて正解だったぜ」


聴衆の反応に満足気に頷きながら、アッテンボローは再度口を開く。


「魔力で言えば上はいるが等級で言えばこの傭兵隊のボスに次ぐ。この狭い客室内でお前に勝ち目はねえよ」

「刀を返してくれるか」


花の返答は短く、そして彼女の立ち位置を明確に示すものだった。


「吠えたな、後悔させてやる」


それを見たモランは高らかに宣言する。


「決闘、開始ィッ!」


言うが早いか、花の体が吹き飛んだ。否、それは周囲の目が追い付かなかっただけで、その実は跳躍である。ほぼ同時に花の背後にあった床板が(たわ)む。まるで見えざる金槌で床を打ち付けたかのような鈍い音がした。彼女は驚異的な反射神経で五感では認知できない打撃を、回避して見せたのだった。

アッテンボローのただならぬところは、それすらも織り込んでいたことである。彼は空中にある彼女へ向けて突進し、上段回し蹴りが彼女の首筋めがけて見舞われる。彼女の体は未だ空中にあり、放物線の只中は(まさ)しく重力の牢獄であった。地上の生物は一度放物線を描けば、それをなぞる以外に道はない。

彼女の首筋へ狙い澄ませた蹴りの一撃が迫り行く。が、その足は空を切るばかりであった。彼女は雨の中を飛ぶ羽虫がごとく、わずかに身をよじってひらりと(かわ)して見せたのであった。

花の着地後の隙をつくように、見えざる打撃が急襲し、彼女は腕の力のみで自らの体を押し上げて跳躍して回避する。

わずか数秒の激しいやり取りに、観衆はこれ以上ないほどに沸いた。


「見たかよあの女あ、大した軽業(かるわざ)じゃねえかよ!」

「大丈夫かあ、アッテンボロー!」

「心配ねえよ。手前らは俺が女を殺すか殺さねえかを心配してろ」


アッテンボローの顔には相変わらず笑顔が貼りついていた。しかしその笑みには軽薄な風は消え失せ、どちらかと言えば不敵な雰囲気を纏っていた。


「そうだ、殺せーっ!」

「バカ言え、殺してくれるなよっ!ケツの毛まで(むし)られちまう!」

「いつまでも大穴狙いだからだよ!堅実に行こうぜ」

「そんなのギャンブルじゃねえや!」

「勝ってから言ってみろや」

「なかなかやるなあ、獣よ。だが避けてばかりじゃ焦れるだけだぜ」


外野を煽るだけ煽りながらも、その顛末(てんまつ)には一切興味がないのか、アッテンボローは花に言葉と不可視の一撃を投げかける。


「大した胆力、観察眼、直感、それに追随可能な身体能力。なるほどボスのお眼鏡に叶ったわけだぜ」


言葉を紡ぎながらも不可視の一撃が雨のように降り注ぐ。何百人もの、あるいは何百もの荷物を受け続けたはずの床板がひび割れ、破片が宙に舞うほどだった。

この不可視の衝撃、その正体はこの星の知的生命体の権能、すなわち魔法であった。

魔法の世界とは単純明快だった。

腕相撲ならば腕力の高い方が勝ち、短距離走ならば走力の高い方が勝つ。それと同じように魔導師の戦いは魔力が強い方が勝つのである。

一般的に魔法は二種類ある。魔力に物理的特性を与えて投射する魔弾と、魔力による身体能力の向上、ならびに敵の魔弾の中和を行う身体強化。

魔力とは魔法の射程、等級とは射程内の魔力のどれだけの割合を行使できるかを意味する。

常人の等級は三等級から五等級の間、六等級が卓越した魔法使いの基準、七等級はすでに常人の領域になく、八等級は魔王級で戦略兵器と同列に扱われる。等級の差は純粋に引き算で成り立つ。三等級のものが五等級の魔力を受けた場合、単純計算で二等級ほどの魔力が対象に襲い掛かる。

彼の尋常ではないところは、その等級と、高い魔力を持ち合わせている点にあった。普通、魔力とは200から300の間を推移するところ、彼は8960にも達する。

魔力の最終的な威力、一撃の重さはこの魔力の総量で決定する。

すなわち彼を中心に半径896メートルの半球内の魔力が、八等級の強度を伴って津波のように押し寄せてくるのである。その豊富な魔力総量による魔弾は、尋常の魔法使いにでは打撃の息を得ないところ、彼の魔弾はもはや砲撃にすら比肩した。


「地の利を得たぜ」


アッテンボローの笑みに軽薄な雰囲気が戻る。勝利を確信していたのである。

さらにアッテンボローと花は当初の位置とは真逆の位置になっていた。これは普通の戦場であれば、さして意味のあることではない。


「分からねえか。この位置に立てば魔力が切れることはない。列車が移動するからだ。逆に俺よりも後方にいるアンタは使用済みの魔力で戦わなきゃならねえ」

御託(ごたく)はいいから早く殺せーっ!」

「うるせえ黙れ!お前らから先にやっちまうぞ!」


野次に一喝しながらも、アッテンボローの顔の笑みは止まらない。


「俺あまだまだイケるんだよなあ!そうだよ、そうなんだ。俺あ……俺あ弱くないんだって」

「?」

「頭おかしくなりそうなんだよな。いくつかの戦場を歩いて、数え切れないくらいの惨劇を見て、数え切れないくらいの悲鳴を聞いて、数え切れないくらいの理不尽があると学んだ」


もはや男は攻撃の手を止めていた。時間稼ぎではなく、純粋に止めたのである。


「だからあんたみたいなちゃんと強い奴相手に、ここまで戦えてるって思うと嬉しくてな」


彼は棒立ちになって不敵に笑う。


「来なよ。受け止めてやる。お前の全部を超えて、勝ってやる」

「お前、すぐに酔うんだな」

「?」


ようやく、花が口を開いた。その意味を、アッテンボローは理解できずに返せなかった。


「俺は酒はいける。エールもワインも好物だ」

「いやなに、初めて見たんだ」


花の姿が消え、突如アッテンボローの数歩前へと出現する。当然彼の情報認識、思考、結論、命令伝達、魔力励起(れいき)の手順がその神速に追いつくはずもなかった。


「勝つ前に勝利に酔う奴は」


魔法による防御を。

思考が周囲の魔力にそう命じた時には、そのように命じた頃には、かれの意識の埒外から放たれた一撃が、彼の無防備な顔面に吸い込まれるところだった。

小説を書く中で、自分がいかに浅学だったかと打ちのめされつつあります。

ご指摘・感想等遠慮なく投げかけていただければと。

鼻に付く文章も多いと感じられるでしょうが、何卒お付き合いのほどよろしくお願いします。

あんまり呟かないけど作者のツイ垢です

https://twitter.com/@naruo_writer

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