プロローグ
プロローグ忘れてました。
「魔王をーー」
「え?」
薄紅色の花弁が舞う。春の烈風が少女の小さな体を打ち付けた。
ここは阮の首都、東京郊外。そこに一人の少女がいた。十歳程度と長に顔立ちながらも整っており、将来は大層な美人になることが伺える。
彼女は耳をピクピクと動かしていた。外耳はまるで狐の耳のように大きく張り出している。典型的な獣人の外耳であった。
少女の名を呼ぶ声がした。
「お父様」
声の主を少女はそう呼んだ。それは一見、随分と奇妙なものに見えた。なぜなら彼の外耳はごく普通の、この世で最も多い人種、汎人のそれであった。
しかしそれは外耳や頭部を覆う、頭を垂れるほどに実った稲穂が如き金色の髪と、春の陽射しをキラキラと跳ね返す宝石が如く碧眼を見れば、自ずとその疑問は氷解する。金髪碧眼の獣人は汎人と獣人の合いの子であることを意味する。
「そんなに周りを見渡して、何か気になることでもあったのかい?」
「その、声がーー」
そこまで言って、少女は口を噤む。それを口にしようとした瞬間、目の前に奈落の底が大口を開けたかのように感じられた。
「ううん、なんでも」
「そうかい?」
父は少女の肩に手を添えた。共に、遠くで遊ぶ子供達を見る。その髪はやはり獣人らしく黒色で、稀にこげ茶といった髪色の子供ばかりであった。
「ここの桜はね」
父親は言った。少女はその言葉を何度も聞いていた。
「十五年前に敷島国から阮との親善を祈念して植樹されたものなんだ。七株植えられて、一株が十年前に病気で死んだ。その後に産まれたのがーー」
「私でしょ。何回も聞いたよ」
父親は妙な顔をした。
「ねえ競争。あの雲まで」
しかし少女は気にすることなく続ける。飽き性の子供にとって、同じ話を聞かされるのは精神的拷問にしかなり得ないのである。
少女は坂の上にある自宅の向こうから覗く白雲を指差した。父はそれを見て苦笑した。少女は隙をついて駆け出した。子供が大人に勝つためには卑怯も姑息も許されるのである。父親は苦笑を微笑に変えて走り始めた。
少女は懸命に駆けていく。一陣の風になった気分だった。父の声が遠く、低く、間延びしていく。
肩で息をしながら、少女は得意げになって降り返った。景色は一変していた。桜の花は紅蓮色に染まっていた。太陽は月に、目指した雲は炎を照り返して赤黒く豹変していた。
彼女はすでに奈落の底にいたのである。気づいてしまったその時から。見たくもない地獄が、脳裏に焼き付いてしまった地獄がフィードバックする。
桜の木が焼け落ちてしまう。母の頸が地面に転がる。父の隣には一人の女がいた。
一つ、声が響いた。二つ目、反響が起こる。岩に砕ける波濤のように、その声はバラバラとなり、その断片の一つ一つが声となって反響していく。
「魔王を殺せ」
少女は耳を塞いで駆け出した。
全く関係ない話だけど「シン・ウルトラマン」の冒頭部分がYouTubeで公開だから19:59までだからみんな見てくれよな。