第八話「阮金花」
最近YouTube見てたらオススメ欄に「抜錨」を見つけてしまって。めちゃくちゃハマって鬼のように聴いてた時期があるんですよね。あの頃カラオケに行って歌おうと思ったらジョイサウンドに入ってなくて結構悲しかった思い出。今はあるのかな。
既に陽は地平線近くにまで迫り、この陽陰ばかりの街においては既に夜の様相となっていた。
その街の中でも一際造りが古い一角がある。煉瓦造りが多い中、その一角のみ石造りであり、絢爛な装飾からただならぬ雰囲気を醸し出している。市庁舎や裁判所、それらに付随する施設群であり、巷では行政区と呼ばれる部位であった。
その中を、アッテンボローはいつにも増して不機嫌そうな面構えで歩いていた。
元々整ってはいたがどこか神経質な眉の形をしていて仏頂面が基本形であるから、素の人相からして悪い。そんな彼が不機嫌な表情を作っているのだから、どれほど陽気に酔った人間も彼の顔を見れば引き下がっていく。
彼の行き先は警吏の詰所であった。そこにいるかの問題児を迎えにいくよう、上司から頼まれたのである。
「すまない」
かの人物は、強面のコボルトと童顔気味のハーピーの青年に囲まれ、しょんぼりと鎮座していた。
無論、両隣の人物に気圧されてではなく、彼女なりに深く反省していたのだろう。
彼は不機嫌そうに頭を掻いた。せっかく整えていた髪がわずかに乱れ、その内の幾筋かがサラサラと重力に従い流れていく。
「気にするな」
そう言われても不可能なほどに彼は苛立っていた。それは彼女の行動が全て彼の予測の範疇を超えなかったことに原因がある。
しかしそれを頭ごなしに怒るほど彼は短絡的ではなく、しかし短気ではあったために怒りを隠すことはなかった。
「今回は被害者だ。密輸された短銃と、それの発砲事件のな。しかし逮捕されたのは地元の人間、どちらに同情するかと言えばまあ、お前ではないわな」
「すまない……」
「気にするなって言ったろ。もうここの連中とは話を付けてある。念のために一週間はホテルの中にカンヅメだ」
それで合ってるよな、とアッテンボローが聞くと男たちの一方、背の高いコボルトの男が頷いた。
扉を叩く者があった。先ほど返事をしたコボルトの巨漢は、隣にいたハーピーの青年に顎で促した。彼は扉の方へ物腰低く歩いて行き、そして扉をあけて仰天する。
コボルトの男は一瞬唖然となり、それから脱帽の上最敬礼を行った。ハーピーの青年もそれに倣う。
「アンタは」
アッテンボローの声にもどこか驚嘆の色が混じっていた。
「一週間ぶりだな、アッテンボローくん、グエンくん」
「ネグロポンテ市長」
「わざわざご足労いただきありがとうございます。今日はどういったご要件で?」
「急な来訪ですまない。これより、当該案件の業務は私が引き継ぐ事になった。引継は省略でいい。事情は道中聞いた」
市長と言ってもそれは専制君主にも近い権力を持つ独裁者である。先ほど欠伸などを噛み殺していた青年は目尻に残った涙を慌てて拭っていた。
「まさかこのような場所でお会いするとは。随分と遅い時間ですが」
「本日中に対応すべきと判断した案件だ。明日では遅い。グエンくんへの対応だが、警吏部において七日の拘禁とされていたがね、早い段階から陳情書が集められたのだ。どうやら飲食店の組合が連名でね」
アッテンボローは花を見た。彼女は未だ小さく縮こまったままだった。
「君への処分を今晩中にまでに短縮することとした」
「は?」
「君は街の治安悪化に対する抑止に貢献してくれているそうじゃないか。功労者の恩を忘れるほど、この街は薄情ではないというだけの話だ。良ければ明日からも協力を頼む」
「あ、ああ」
アッテンボローはネグロポンテが頭を下げるのを初めて見た。どうやら彼は高慢なだけではないらしいと考えを改めるところであった。
「では、監視下に置くのは今晩のみで?」
「そうだ」
「だがまあ、警吏部との兼ね合いもある。すまないが今晩は大人しくしておいてもらえるとこちらとしても助かる」
ネグロポンテはアッテンボローを見ながら言った。
「ええもちろんです」
「ならば以上だ。もう夜も遅い、早く帰りたまえ」
「では、失礼します」
アッテンボローは頭を下げた後、花の手を引いてその場を離れていく。それを注意深く観察する様子のネグロポンテが、自らに花から視線が注がれていることを知ると俄かにハーピーの青年に声をかけた。たわいのない内容ではあったが、アッテンボローはこれ以上ここにいる理由もなくいたたまれなくなったため、その手の力をやや強めて彼女に退室を促した。彼女はすまないと小さく言うと、再び退室する。
彼女は扉の閉まるその直前に視界の隅にかのコボルトの市長を捉えた。
ネグロポンテは変わらず談笑するようであった。少し慌てながら話をするハーピーに対しふむ、と適宜相槌を打っていた。しかしその耳はこちらへ向いていたのである。
「ラウラさんから聞いたよ。お前なりに聞き込みで情報を集めていたらしいな」
「あ、ああ」
どこか腑抜けた様子の花にアッテンボローが声をかけたのは、宿と行政区の行程の中ほどに達した時だった。
「私なりにこの国を知りたいと思ったんだ」
「それは悪手だぜ。この国を知ったなら、この国を相手にするときに辛くなっちまう」
「分別はつける」
「お前はな。だが戦争のほうは違うぞ。お前は強いが戦争を知らない。だから目的のためだけに、自分のためだけに動け。目を瞑れ耳を塞げ。お前は魔王を殺せるならそれでよかったんじゃないのか」
花はそれに答えることはなかった。アッテンボローは短く息を吐き、そして花の前に立ちふさがった。
「分からないんだ」
「は?」
花の言葉は、この日初めてアッテンボローの想定の範疇にない言葉だった。
「どういう意味だよ」
「私は覚えていないんだ。なぜ私は魔王を倒さなきゃいけないのか。なぜそのことだけを覚えているのか。唯一覚えていることなのに、なぜこんなにも気乗りがしないのか」
「じゃあなんで、お前は魔王を殺すことに拘泥するんだ」
「忘れられなかったからだ。忘れようともこれだけはなぜか耳にこびりついて忘れられないんだ。だからそのために行動することにした」
アッテンボローは以前彼女から目的を聞いた時の態度を思い出していた。その時抱いた違和感の答えがそれであったのである。
「殺したいわけじゃない。ただこの呪詛が止む夜が欲しい。ただそれだけなんだ」
「お前なら多分魔王は殺せるよ。魔王級の魔法使いは魔王を殺すことができると言われた存在だ。超魔王級のお前ならきっと殺せる」
語り聞かせるかのような口調だったがアッテンボローの表情は未だ厳しい。
「それでお前の望みが叶うなら、それでいいんじゃないか」
それは肯定しているようで、その実突き放すような言動だった。
「やっぱりそうだろ。魔王を殺せさえすればそれでいいんだよ。今のところはな」
「そう、だな」
アッテンボローはゆっくりと歩き出す。花もそれに続いた。
「で、魔王を殺して治らなかったらどうするんだ」
思考の最中に浮かんだ言葉は、ついぞ花の口から飛び出すことはなく、その代わり胸の中に小骨のように刺さり、えもいわれぬ不快感の中で、彼女は帰路に就いた。
歌ってみた動画を検索しまくった結果、YouTubeのホームがカオスなことになってしまった。抜錨、夜のよすが、ウクライナ軍歌のバイラクタル(日本語字幕)と来て進め!ウルトラマンがある。
この雑多さはお前の人生そのものだ。
誰もお前を愛さない。