時計は記録する
私は、時計だが装着者の状態を監視できる機能もある。しかし今は装着者の鼓動は途絶え、電源が入ったままのPC筐体の横には、髪の長い女性が死んでいた。
何を間違えたのだろう、残留思念は考えていた。いや、貴女は健康維持に充分務めたよ、こんなに突然死ぬとは思えないほどさ、私は応えた。
黙って、と彼女は言った。これから思い出すから、彼女は私のCPU時間を浸食してきた。
能岸 学は、有名大学出の優秀な人材だが、能無しとも揶揄されていた。会議で彼の弁に敵う奴が居ないのに、仕事は部下に丸投げ、管理も雑だったせいだ。
私は、彼が管理しているチームで下請け会社のリーダーをしていた。四半期末に彼が得意の弁で勝ち取った予算が余り、私の会社へ発注を申し出た。だがその予算に見合う仕事が無く、次期の作業を前倒しするしかないと応えた。
しかし彼が望んだのは、私の会社を通じて彼の作った幽霊会社への発注依頼だった。そのルートなら、会社の監査は甘く、私の権限で幽霊会社の発注は可能だ。検収も彼の担当なので問題はないと言われた。
発注金額の半分をくれるというのも、魅力だったので話しに乗った。しかもそれが、思惑通りに事が進んだので、それが何度も続いた。
私の会社で監査が厳しくなってきた頃。私は問い詰められつつも、なんとか逃げ切った。同時に引き際も感じた。
正直に話せば、悪い様にしない。監査部門からの言葉に私はよろめき、能岸にもう終わりだと告げた。その結果、私は鈍器でしこたま殴られこの様だ。
奴は、人目を避けて私の部屋を出て行き、そして午後の定例会のため自宅に戻った。
彼は、私のPCにリモートで入り、会議の中で、私のアバターを操作した。彼自身はリアルタイムで姿を現わして、一人二役で打ち合わせに参加した。
私が発見されたのは、その日の夜。飲みの誘いに来た礼子が、返事がないしドアも鍵が掛かっていないというので、不審に思って入ってきたからだ。
証言から、定例会の時には生きていたらしい私であったが、私のPCは、時計とペアリングしてあったものだから、私の心拍数のログが見つかってしまった。
心臓が停止した時刻は午前の10時31分。定例会で誰が私を演じていたかは、私のPCの設定を見れば分ってしまうことだ。小細工しない方が、まだマシだっただろう。
能岸の事は、興味ない。今や私の楽しみは、ネットを通じて誰かに憑依して、私の仲間にすることだもの。




