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作者: 湖瑠木 梛

 あぁ、今日も死ぬことができなかった。

 ちぎれたロープと折れてしまった木の枝を見て、僕は小さく溜息を吐く。

 死のうと決意してから一週間。

 溺死、首吊り、飛び込み。

 様々なことを試したが幸か不幸か毎回のように失敗を繰り返していた。そして今日も同じだった。

 首を吊ろうと山に入り、木の枝にロープをかけ、己の首を絞める。今日こそはと思っていたが、枝が体重に耐えられず折れてしまった。もう一度試そうとすると、今度はロープがちぎれてしまった。

 「また今日もだめか」

 一人呟いて僕は山を下りる。

 ただ、死にたいだけなのに、なかなか上手くいかない。まるで、今までの自分の人生のようだった。中学、高校と平凡に過ごし何とか大学へ進学するも上手く馴染めず、浮いた存在になってしまっている。何をやっても失敗ばかり。そんな人生が嫌で僕は逃げるようにして死を選んだ。

早くこんな人生から解放されたい。そんな考えだけで僕は今まで生きてきた。

そんなある日、また死に場所を探して山に行くと、そこには一人の女性がいた。歳は二十代前半ぐらいだろうか。黒く長い髪が木々の隙間から差し込む光に照らされて輝いていた。「美しい」という言葉はこの人のためにあるのではないかと思ってしまう程に。

「何か用ですか?」

僕の視線に気付いたのか彼女は僕の方に歩み寄って来る。彼女の不思議な雰囲気にのみこまれてしまった僕はその場から動くことが出来なかった。

「いえ、何も。ただこんなところで何をしているのかなって。気になったので」

しどろもどろになってしまった僕を見て彼女は「ふふっ」と少し微笑む。

「私はね、ここに死にに来たの」

当たり前のように、何も間違ったことは言っていないという風に彼女は堂々と言った。

「どうして」

精一杯振り絞った声で僕は彼女に聞いた。すると彼女はどこか遠くを見つめる。

「どうでもよくなっちゃったの。何もかもが」

全てを諦めたかのような弱々しい声で彼女は言った。そこから希望などを感じることはできなかった。だからすぐに分かった。この人は本気なのだと。

「それで、君は?」

興味があるのかないのかも分からない。少しだけ感情を与えられたロボットの様に彼女は僕に問いかけた。

 僕はすぐに答えようとするも直前で言葉が詰まった。さっきまでの彼女の言葉を聞いていると、とても「僕も死にに来た」なんて簡単には言えなかった。簡単に意志が揺らいでしまい、自分でも情けなく思ってしまう。

 「えっと、ちょっと」

 何とかごまかそうとするも上手く言葉が出てこなかった。

 そんな僕を見て察したのか

 「もしかして、君も死にに来たの?」

 そう言う彼女はどこか楽しそうだった。

「一緒だね」

そう言った時初めて彼女が笑った気がした。とても今から死のうとしている人とは思えないほどの眩しい笑顔だった。

 「ねぇ、提案なんだけどさ」

 一瞬見えた笑顔も消え、また全てを諦めたような表情に戻った彼女は僕に手を差し出してこう言った。

 「一緒にここで死なない?」

 そう言われて僕は彼女から狂気を感じた。しかしそれと同時に僕自身は喜びを感じていた。ずっと孤独だった人生で、初めて自分のことを理解してくれそうな人に出会えた。そう感じた僕の答えは明確だった。

 「はい」

 ただ一言。それ以外の言葉は必要なかった。

 僕の返事を聞いた彼女はポケットから小さなビンを取り出す。中には飴玉のようなものが二、三粒入っているだけだった。

 「それは?」

僕の問いに彼女はニッと笑う。

「悪いお菓子。」

それだけで、何をしようとしているのか理解することができた。

ビンから飴玉を取り出し僕に手渡す。

「それをね、食べるだけでいいんだって」

どこか抽象的な言い方が気になったがどうせ最後だと分かっていたので僕は何も聞かなかった。

彼女は自分の分を手に出し、地面に座り込む。僕もその隣にそっと腰を下ろす。

今から本当に死ぬ。そのはずなのだが不思議と恐怖はなかった。この現実から解放される、ただそれだけだった。

ふと気になって隣の彼女を見ると、少し震えていた。

「怖いんですか?」

「分からない。ただ、死んでからもずっと独りだと思うとちょっとね」

ぎこちない笑顔を見せ、震える声で言う彼女は弱った小動物のようだった。そんな彼女の肩に僕はそっともたれかかる。

「大丈夫ですよ。僕も一緒にいますから」

僕は静かにそう言った。

「ありがとう」

あの時と同じ笑顔で彼女は僕に向かって静かに言った。その笑顔が光に照らされとても眩しかった。

「じゃあ、またあの世で会いましょう」

「うん、そうだね」

そう言って僕と彼女は飴玉を口の中へ放り込む。

驚いたことに渡された飴玉は本当にお菓子の飴玉と同じように甘く、今から死ぬということを忘れさせる程だった。

しかし、少し経つと突然睡魔に襲われる。走馬灯なんてものが流れることもなく僕は静かにそのまま眠りについた。その瞬間肩に彼女がもたれかかってきた感覚があった。

あの世で二人、幸せに過ごしたい。そんな小さな願いを胸に秘めながら僕たちはこの世を去った。


孤独よりも誰かとの方が。

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