月曜 放課後(2)
「もうズレはないかな」
三十ほどの机を前に鴎が確認をとると、そうですね、という声が返ってきた。今鴎たちは四組の教室で点検を行っている。用紙に記されている点検要項は、机の並び、床の清掃状態、黒板の汚れ及びチョークの本数、清掃用具の補充、そして窓ガラスの施錠の五つだ。
こんなこと、ほとんどの清掃委員は各教室を眺めたらそれでおしまいにするのだが、相方の女子はどれも丁寧に点検するので鴎も付き合わざるを得なくなる。これなら三十分経って一つ半しかノルマを達成していなかったのも納得だ。
鴎自身はこういった作業や清掃は嫌いではないので、突然任された仕事であっても不満はない。しかしいかんせん共同作業の相手が話したことの無い女の子では、間に流れる空気は軽やかといえないものになり、なんだか二人しかいないのに教室が狭くなったように感じる。
ここまで鴎の投げかけた言葉に女子が返したのは、「はい」「そうですね」「わかりました」、の三つだけだ。無愛想とまではいかなくても、話しかけやすい雰囲気ではない。しかし、そろそろアクションを起こさなければ。このまま黙っていると、作業が終わるまでこの重苦しさに耐えなければならなくなる。そんなのはごめんだ。
すこし考えた後、鴎は三限目の生物についての話題を振ることに決めた。あれはみんな印象に残っているはずだ。そして女子がチョークの確認を始めたのを見はからって、
「あの」
「あの、里見君は」
出会いがしらの衝突に二人とも一瞬押し黙り、気まずい沈黙が流れる。
「そちらからどうぞ」
先に口を開いたのは相手のほうだ。
鴎はまだ動揺しており、なにをきくんだっけそうだ赤村先生だ、と思い出すと、
「あの、サンショウウオは好き?」
と、尋ね、やってしまったと頭を抱える。
背中に冷たいものを感じながら前を見ると、女の子はきょとんとした顔をしている。当然だ、それまで黙っていたやつがいきなり話しかけてきたと思ったら両生類の好みについて聞いてきたのだ。仮に自分がその立場だったら変人というより変質者に出会ったような気持ちだろう。
鴎が自身の対応力の無さを嘆いていると
「どちらかというと、好きです。でも、それがどうしたんですか?」
返事が返ってきたことと、その短さ、中身は意外で、鴎はまたしどろもどろに
「あの、アンケートをとって色んなひとに聞いてるんだ。大したことじゃないんだよ、本当に。その、それよりそっちは何を言おうとしてたの?」
鴎が咄嗟にひねり出したのは万人が納得できるような回答ではなく、女子も思わずといった様子で首をかしげていたが、すぐに気を取り直して、話題を変えてくれた。
「里見君は、もしかして万桐生さんの本を読んでいますか?」