時間つぶし
真上成之は、道に面した茶屋で梅ヶ枝餅を片手で口に運びながら、牛の銅像を見ていた。赤白のねじり鉢巻きが頭に着けられたその銅像は、参拝者たちに長年触れられ続けた結果、どこもかしこもつるつると磨き抜かれた光沢を放っている。
牛に一体どんなご利益があるのか少し気になったが、わざわざ調べるほどでもなかった。
秋の終わりは同時に冬の訪れでもあって、手足の先に肌から骨身にしみるような冷たさがある。それでも陽光を遮る雲がない今はまだましだ。
少年期の真っただ中にある顔に似つかわしくない色と共に、成之はそう思った。
「なりゆき」
成之の隣の席に座る少女、小築帆夏は、自身も両手で持った餅を食べている。
「このおもち、うえが、うめが、うえ…」
「うめがえ」
「うめがえもち、あまくておいしいね」
帆夏は年の割に話し方が幼い。確か十歳は越えていたはずだが。
「なら俺の食ってくれ」
成之はそう言って、梅ヶ枝餅が一つ乗った小皿を差し出した。
「おなかいたい?」
「甘いの苦手なんだよ」
「ならわたしのおちゃのんでくれ」
成之の口調を真似した帆夏は餅を取ると、大きな口に丸ごと放り込んだ。
年下と話すときは気を付けなければいけない。
その横で、成之は半分ほど飲まれた緑茶を受け取り、口に含む。ざらざらとした液体は、苦いだけとしか感じない。先ほど食べた梅ヶ枝餅もアンパンみたいだと思った。十四年も生きていれば薄々気づくことだが、自分は馬鹿舌らしい。
味覚からの信号に薄い反応を返し、一杯半分の緑茶を流し込みながら、通りを行き交う人々を眺める。土曜だからか、それとも平日もこうなのか。神社へと続く長い長い道のりを、視線をどこに動かしても見当たるほど多くの人が歩いている。割合としては家族連れが多い。あちこちで話し声がしていて、そこだけ逆立ち寝ぐせに見える成之の後ろ髪が、声に押されたように時折揺れる。その微風が、人数分入り混じった通りの臭いも運んできて、顔を顰める。
そんなに楽しいのだろうか、と幾分冷めた目で人の流れを追っていると、隣で空気が破裂する音がした。
「ごちそうさまでした」
手を合わせた帆夏がぺこりと頭を下げる。本人としては小さく動かしたつもりなのだろうが、それでも、鉄塊でできた風船を粉々にする威力がある。
「もういっかいみてまわってもいい?」
「おもしろいのか?」
「うん、なりゆきはみあきた?」
首を傾げて見つめられ、成之は苦笑しながら首を振った。
「俺も来たのは初めてだ」
「なりゆきって、きゅうしゅううまれじゃないの?」
「俺が生まれたのは熊本だ、福岡じゃない。それに京都に行く以外で外に出たことない」
ゆっくりと立ち上がると、帆夏もそれに倣う。会計を済ませると店を出た。
この辺りは名物の梅ヶ枝餅を売りにする店が多いが、どこも看板に似た文句が書いてある。元祖の横に元祖が並ぶ奇妙な通りを、灯と並んで抜けた。
「じゃあわたしとおなじだね」
橋の欄干にかじりついて鯉の群れを見ていた帆夏が、こちらを向く。橋が壊れないか不安になっていた成之は、直前の会話があやふやだった。
「なにがだよ」
「わたしもげんじゅうろうさんがきてくれるまでおうちのそとにでたことなかったよ」
「……そのことか」
帆夏の横で一緒に池を見つめながら、成之は初めて屋敷から離れたときのことを、離れる理由となった男との出会いを思い出した。