文一
文一は部隊の中では最年少の青年だった。役割は“虎伏せ”が去った後の交渉の場を警護することであり、計画においての重要性は低い。
交渉が行われるとすれば、“虎伏せ”による介入は不可能な段階になってからだと聞いていた。だからこそ危機感は薄く、ついさっきまでも同僚と軽口を叩いていたのに、いつのまにか戦場に放り込まれてしまった。
たった一人で一つの家を滅ぼし、白虎を打倒した、零落した六城家をその重みだけで支えている、そのために親友を手に掛けた。 “虎伏せ”にまつわる、もはや伝説と化した話の数々も、一生のほとんどを訓練に費やしてきた文一は、年かさの親族から耳にしただけだった。
今こうして目にするまで、与太話の類ではないかと疑っていたくらいだ。
文一よりひと回り年上の仲間は、悲鳴を上げる間もなく首を掻き切られた。通信が終了した直後、二人が立っていた繁華街の路地裏、建物の合間に、白色が降り立ったのだ。
話を近くで聞いてたのだろうが、どうして自分たちの居場所が分かったのか。
内通者の存在を疑った文一を、通路を作り出す建物の屋上から黒い羽根が見下ろしている。
「まてっ、まてよっ!」
文一は相手を押し留めるように両手を突き出した。その腕は白刃によって切り飛ばされる。力みを感じさせない振り方で刀がもう一度光り、文一の頭蓋に叩き込まれた。
腕からぴゅるぴゅると血が噴き出し、頭から中身が零れ落ちる一方で、文一の指の先がさらさらとした粉になり始めたのを見届けると、庵は肩に止まった鴉に、「次だ」と低く呟いた。