菊之丞 その(2)
「湯田が、D2がっ」
「落ち着け、命令を待て」
「もう“虎伏せ”は来てるんじゃないの!?」
通信機は部下の動揺した声が飛び交っていた。
菊之丞は握った通信機に息を吹き込もうとして、一度動きを止めた。
“虎伏せ”には隠密かつ瞬時に移動する手段がある。事前情報に含まれていないが、屋敷を離れた直後に人質のもとへ現れたことから、事実に違いない。
「印紋型か…」
恐らくは高速、瞬間的な移動を行う“遺産”。これには記録した位置へ移動するものと、視界の範囲などある程度自由に移動できるものとで大別される。前者の方が移動距離は長く、後者の方が短い傾向にある。
人質の少年を基点とした瞬間移動、だとしたら、同じく基点としているであろう六城家の屋敷に、部下たちを各個集合させるのは危険だ。
どうしてそんな重要事項を突き止めていなかったのか。
内心で本家の連中に罵りながら、菊之丞は通信機を口の前まで持っていった。
「こちらC1、各員はD1のもとへ集合、現場ではD1の指示に従い、“虎伏せ”と交戦の準備を行え」
「“虎伏せ”が来るんですか!」
半ばヒステリック気味の声に、自身も緊迫感を煽られる。
「そうだ、文一、“虎伏せ”は必ず来る。そしてお前たちはそのためにひたすら努力を重ねてきた、そうだな」
「…はい」
「成果を見せろ、“虎伏せ”の首を挙げて、栄誉を掴め」
通信を終え、手をだらりとぶら下げる。退くことは許されない。功績のない者には座る椅子もない。
菊之丞は顔に街の光が届くと、僅かに目を細めた。