徳四郎
「各員はみだりに持ち場を離れず、当初の作戦通りに…」
運転席の近くに備え付けておいた通信機から流れる菊之丞の声に、湯田徳四郎は顔を顰めた。
「作戦通りったってなぁ…」
ハンドルを握る相方がちらりと視線を寄こす。
「何か問題が?」
黒髪を短く刈り上げた青年は、徳四郎の物言いに不穏なにおいを嗅ぎ取ったのかもしれないが、経験の浅さゆえかその答えは導き出せなかったようだ。
不安そうにこちらを見つめる小さい瞳に、徳四郎は顎をしゃくって命令した。
「高速に乗れ」
「しかし、いいんですか?」
「ちゃんと考えはあってのことだ、みだりにじゃない」
「はいっ」
日頃の緩み切った徳四郎との違いは、場合が場合なだけに強調され、青年にハンドルを切らせた。
徳四郎たちの役目は、車に乗った“虎伏せ”を追跡することだったが、こうなっては待っていても仕方がない。
料金所を通過する車の窓から夜景に目を走らせつつ、徳四郎はこれでおしまいかもな、と心中に呟いた。
人質作戦がおしゃかになったということは、残念ながら由貴と栄一はもうだめだろう。
生意気な後輩たちではあったが、一生をあの閉鎖空間で過ごしたことを思うと、憐れみを感じるのが人情というものだ。
徳四郎自身、決して他人のことばかり考えていられる立場ではない。作戦が失敗すれば一族内での居場所はなくなる。長い潜伏生活の始まりだ。それも堅物の相方からどうにかして離れてからの話で、差し当たりその方法について考えておくべきか。
高速道路を行く車は少ない。まだ数台しか見かけておらず、今も徳四郎たちの乗用車だけが道を走っている。
「どうなるんでしょうね、僕たちは」
隣から聞こえてきた固い声に、やりよう次第ではこいつも丸め込めるかもしれない、と考えた徳四郎が、少し間を空けて口を開こうとしたとき、背後から車が近づいていた。
追い越し車線を走っていたその軽トラックは、走行車線を走る徳四郎たちとの差をグングンと縮め、あっという間に先へ行った。
「やたら飛ばすな」
そう呟いた徳四郎は、走行車線に戻った軽トラックの運転席から、人影が荷台に移ろうとしていることに気づいた。
世の中とんでもないバカがいる、浮かんだのはそんな思いだったが、そのバカが身に纏う眩いばかりの白色に、心が一気に張り詰めた。
「飛ばせ!」
言われるまでもなく、青年もアクセルを踏み切っていたが、それよりも人影が荷台から飛び出す方が早かった。
徳四郎は、“威装”の裾を風にはためかせる“虎伏せ”の靴の裏が迫るのを見た。