クレア
庵たちが屋敷を出たあと、クレアは結のあとについて隠し部屋に移動していた。
六城家は屋敷だけでも、数えるのも馬鹿らしくなる坪数を誇るが、その地下は迷宮と表現していい広大さだった。
「先が見えないんだけど…」
人が一人通るのがやっとの通路の先は、暗がりと長さのせいで視認できなかった。コンクリで舗装されているのは数メートルだけで、あとは靴底に食い込む岩肌が続いている。
敵が庵を引き離した隙に屋敷を襲撃することは十分に考えられた。
今回に限らず、いざ屋敷が狙われた際に、戦える者が少ない場面は往々にしてあったため、この地下はそんなときに身を隠すための場所として、ずっと昔に設けられたらしい。その後拡張が繰り返され、数代前から当主すらも全貌を把握できていないとも言っていた。
「…ここが隠し部屋です」
立ち止まった結が、右の壁に触れる。一見周囲と変わらない岩でしかなかったそこに、突然切れ込みが現れた。
結が押すと擦れる音と共に開く。
隠し部屋があることを知っていても、実際に開くところを目にしなければ、見つけることはできなかっただろう。
「すご…、戦いになってもずっとここに隠れてたら見つからないんじゃないの?」
「この地下室全体の入口は一つだけですから、それだと飢え死にするしかありません」
音全体に渇いた、放り出されまま沈むような印象があった。元気のない声に不安が募る。
自分をバス停まで迎えに来てくれたときから、ずっとこうだ。聞いても答えてくれないから、家に帰ってから聞こうと放っておいたが、ごたごたがあってそのままだった。
クレア自身、代の来訪を記した庵の紙を見てから余裕を失ってしまったが、結がそれ以上に不安定なことは顔色からだけでも分かる。
姉は心配せずにいられないほど沈み込んだ姿だった。理由は分かりきっている。
「鴎は、大丈夫だよ、毎回首突っ込んでも平気だし」
だからといっていつもそうとは限らない。
心中から発した声に口を噤む。
本当に大丈夫なのだろうか、あの能天気な顔の持ち主は。
そのことも思うと、父親の件も合わさって、どうしようもない重苦しさに座り込みたくなるが、前を行く結の背中に必死で声を掛ける。
「今度も怪我くらいはするかもしれないけど、きっと」
部屋に入った途端、言葉は続かなくなった。隠し部屋はひどく狭く、暗かった。二人が入ればそれでもうほとんど身動きができない空間で、明かりはない。墓場じみた冷気を発する岩壁は、今にも倒れ込んで体に被さってきそうだと思った。
そのことに言葉を失っているクレアの前で、結が壁に手をかけたままずるずると崩れ落ちた。
「ちょっと…!」
近くに寄り結を支えたクレアは、苦痛に歪んだ表情を見た。
大粒の汗が浮く顔は、血が引いて生気を感じさせない白さで、震え切った息が救いを求めるように吐き出される。片手は胸を鷲掴みにしていて、制服に走る深い皴に、クレアは思わず手を重ねた。
そうしなければ、結が壊れてしまいそうだと思った。