由貴 その(2)
「お前たちの出番がある可能性を忘れるな。では、任せたぞ」
「はい」
背を向けて部屋から去る部隊長に、由貴と栄一は揃って返事をする。
ドアが閉まる音のあと、リビングへ戻った。
窓から入り込むかすかな明かりだけの部屋には、猿ぐつわと目隠しをされた少年が転がっていた。後ろ手に縛られ、両足は拘束バンドで締め付けられているため、二人としてはさほど注意を払う必要はない。
由貴たちがいるのは、住宅展示場のある家屋だ。彼らの一族とも、六城家とも関わりのない場所を今夜限りの潜伏先に選んだ。
由貴は焦げ茶色の“威装”の首元を緩めた。窮屈さから解放された肺が息を吐きだす。何となく少年に視線をやりながら、脳裏で先ほど告げられた言葉の意味を反芻する。
由貴と栄一の役目は、ここでこの少年を監視することであり、これから行われる六城家との交渉がどうなっても、京都にその身柄を移すことにある。
成功した場合も、失敗した場合も、“虎伏せ”が由貴たちを襲撃することが予想され、そのときは一戦交えることもあり得る。
それを思うと、思考から漏れ出た怖気が汗になって首筋に嫌な感触を残す。
もう一度息を吐く由貴の背を、平手が無遠慮に叩いた。
驚きながら栄一を見ると、不敵な笑みを口元に浮かべていた。
「表情が硬いぞ」
「ええ、まあ…」
虚勢を張る気になれず、由貴は言葉を濁した。
栄一は後輩のそんな様子に、フッと鼻を鳴らすと、
「無理もない、これが終われば一気に英雄だからな。俺なんて褒美のことばかり考えているよ」
思わず栄一の顔をまじまじと眺めたあと、由貴も表情を崩した。
「今度の会議にも呼ばれますかね」
「そりゃあな、働き次第じゃ補佐だって夢じゃない」
軽口に合わせて笑声を上げていると、体がほぐれてきた。
年長者の器の大きさを見せられた気分だった。
やはりこの先輩とは馬が合うし、尊敬できる。
「俺たちでやるぞ」
「おう」
明確に形になった思いに身を委ねつつ、由貴は差し出された拳に拳を当てた。
「敬語つかえ」
離れた拳でぐりぐりと頭を押されながら、リラックスする自分を感じる。
そうだ、心身に気を充実させれば、力は発揮できる。“虎伏せ”といえども、恐れてばかりいる必要はないのだ。
来るならば来い。
一転して大胆な思いを巡らせながら、由貴は落ち着いた息を吐いた。