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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
六城庵とその義兄
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庵 その(2)

 抑えきれないものが発され、(いおり)の殺気が部屋中に満ちる。


 対する(かわり)は、目の前の強大な力場(りきば)の影響を微塵(みじん)も受けていない、この期に及んでは人を食ったとしかとられないような笑顔のままだった。


 息をするのも神経を使う冷戦状態は第三勢力の出現によって解除された。無遠慮に割り込んだのはインターホンの鳴る音だった。


 庵はどうにか思いを皮下(ひか)に収めると、立ち上がってカメラを確認した。広角レンズの中で心細げに立っているのは(かもめ)だった。


 訪問者の意外さに、直前の感情を忘れる。すぐに返事をしようとして、後ろの望んでもいなかった客人の視線に気づく。


 代が何度か鴎と接触していることは(むすび)経由(けいゆ)で聞いている。日頃の悩みなどを相談され、乗っていたとも。目的もなしに善行(ぜんこう)を積む男ではない。何が目的なのか。


 十年の間に青少年を教え(さと)す喜びでも知った、そんな返事を想像して一人で苛立(いらだ)つ。狙いが分からない段階で、これ以上二人を会わせることは避けたい。


 今日は帰ってもらうことにしよう、とマイクのスイッチをオンにして、鴎の重たさを含む顔を見てしまった。


 結に話があるのならわざわざ家を訪ねる必要はない。恐らく自分に何か話があるのだろう。


 およそ“虎伏せ”と恐れられる男らしくない迷いを見せると、庵はカメラのスイッチを入れた。


「…鴎くんだな?庵だ、上がってくれ」


 マイクの音にビクついたあと頷いている鴎を見届けると、カメラを切る。

 代の方は一度も見ることなく、玄関へ向かう。


「お邪魔します」


 声が聞こえる前に、驚かさないよう顔から不機嫌さを拭いとる。


「おう、久しぶりだな」


 去年よりも背が伸びた鴎が、扉を開けて入ってきた。元から幼い方なのか顔つきはあまり変わった気がしないが、全体として少し精悍(せいかん)になった気がする。半年もたつと成長するのが早い。


「庵さん、こんにちは、あの、お久しぶりです」

「あれ、鴎くん」


 殺意が沸いた。


 庵の後ろで、代がさも驚いた顔をして立っている。


伊那(いな)さん…!」

「こんにちは、鴎くんも何か用事が?」

「あの、えっと」


 大人二人が殴りあうほど仲が悪いと知っている鴎は、戸惑いと疑問の同居した目を庵に向けた。


「僕も用があって待たせてもらってたところなんだ」

「あ、えっと…なら僕は今度でも」

「いいや、悪いがこれ以上家で待たせるつもりはない」


 肩越しに振り返った庵に、代はまた驚く真似をした。


「どうして?」


 頭に鴎がいることがあればこそ、詰め寄らないでいられた。


「気づいてないんなら教えてやる、用事ができたんだ」

「そうか、なら一緒に帰ろうよ、鷗くん」

「えっ?」


 鴎が若干青くなった顔で声をあげる。


「庵くんは用事があるらしいから。残念だけど、半年ぶりだしちょっと話そうよ」

「おい」


 鴎がその目に(にら)みつけられていれば足を震わせていただろう。


「相談にでも来たのかな、僕でよければ聞かせてほしい、いつもみたいに」

「出ていくのはてめえだけだ!」


 怒声に鴎の肩が強張(こわば)る。


 代はうっすらと笑ったままだ。


「話をする相手を選ぶのは鴎くんだろ、君じゃない。鴎くん、僕じゃだめかな」

「いや、あの、だめでは、その」

「あんたに関わらせるつもりはねえよ」

「君は鴎くんの話を一人で解決するって断言できるんだろうな。場合によっては僕も力になれるかもしれないのに、どんな理由で僕を排除する気なんだ」


 思わぬ反撃と、その言葉がいつものでまかせではないことに、庵は言葉を呑んだ。


「ただ君が僕の同席を許すだけで終わる話だ、こんな風に鴎くんが板挟(いたばさ)みでおろおろする必要もない、誰が気持ちを飲み込めばいいのかは、分かるだろ」


 二人の視線が集まり、狼狽(うろた)えていた鴎はさらに緊張を濃くした。


 ややあって、庵は眉の間に寄せていた(しわ)を深いため息と共に解放した。


「…こいつに聞かれても構わないのか」

「あの、その」

「正直に言ってくれていい」

「…伊那さんの意見も聞けるなら、聞かせてほしいです」

「分かった」


 庵はもう一度先ほどの部屋へ戻った。部屋の前で代の横を通ったが、お互い余所(よそ)を向いていたので表情は分からなかった。


 椅子に座ると、もう引きずるなと自分に言い聞かせる。


「それで、どうしたんだ今日は」


 今更取り繕っても仕方がないが、せめて鴎が話しやす場はつくる。


「何でも言ってみなよ」

「…あんたも少しは譲ったらどうだ」


 代は肩をすぼめようとして、小さく「まあそれもそうか」、と呟いた。


「もう茶々は入れないよ、悪かったね。どうぞ、鴎くん」

「はい、えっと…ちょっとお聞きしたいことがあって」


 鴎は視線を糸で引っ張られたように一度床へ落とすと、募る思いを滲ませた顔を上げた。


「僕って、“可能種”になれませんか」

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