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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
戦場の支配者
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決着

 絶命した(しげる)の体が細かい粒子になる。砂粒よりも小さいそれは、風に煽られる前からどこかに()()えていった。(いおり)が使ったあとに地面へ突き刺した“長髭丸(ながひげまる)”が、墓標(ぼひょう)代わりといえるかどうか。

 不仲とはいえ十年以上の付き合いだ。思うところはある。しかし今はその死を(いと)む暇もない。


 指示に従うのがあと少し遅れていれば体が細切れになっていた事実に、伸太(しんた)は顔を青くしている。そして隣の恭治(きょうじ)の心中はそれよりも悲惨だった。

 それでも、十年の月日は無駄ではなかったということか、内面の惨状は内面に留め、今すべきことを考える。


 達也(たつや)のことはもう計算に入れるべきではないだろう。第一、こうして姿を見せたのは、今の狙撃を見て、防御可能だと判断したからに違いない。

 自分と伸太の二人が戦力だ。目論見(もくろみ)には到底(とうてい)届かない距離にある状況だが、やるしかない。逃亡も降伏も、自他ともに許しはしないのだ。


 庵は黒手袋をはめた手で、それも突き立てていた“(かね)()兼光(かねみつ)”を、“長髭丸”と一緒に抜いた。長刀だが、同時に扱うつもりらしい。謎に包まれていた“命題”が薄っすらと輪郭(りんかく)を現したが、今更ではあった。


 徹底した目的意識で覆われた(くら)い瞳がこちらを見ている。確かに(めい)と似ていたが、こちらの方が深度は深い。

 やろうと思えば圧倒できるくせに、相手の出方を待つ、いやらしいやつだ。

 最後にその姿を目にしたときの記憶を脳裏に巡らせると、恭治は震えている伸太へ静かに声を掛けた。


「やるぞ」


 腕ごと前に突き出した刀に視線を誘導しておいて、恭治は少しずつ腰の荷物入れに手を差し込む。


 “虎伏せ”の名で恐れられているが、実を言うと庵が立てた戦功のほとんど、佐久間(さくま)家潰しでは、白虎の“遺産”は使用していない。どうやらその力は出し惜しみしているらしく、他の戦いでも目撃例は極端に少なかった。


 つまり、庵の基本的な戦い方は、過去に自分たちに見せた鬼の“遺産”を中心としており、そこに作戦が失敗した今となっては唯一の攻め手がある。


 恭治は近頃ようやく掘り出した“遺産”、“鬼縛(おにしば)り”を手に握った。

 作戦は単純だ。刀で切りかかるかに見せた自分が、”鬼縛り”を奴に巻きつける。この枝の質感を持つ鎖には、鬼の力を縛る特性がある。そこに伸太が攻撃を仕掛けるのだ。


 ぐっと奥歯を噛む。こんなはずでなかった。こんなお粗末な出来の作戦ではなかったのに。

 だが、やるしかない。死んだ父の、友人の、弟の顔が、無念を晴らせと叫んでいる。


「おおおおっ!」


 裂帛(れっぱく)の気合いと同時に、恭治は左腕を振り動かす。鎖が音を立てながら迫り、庵の腕に巻き付いた。不意打ち故か、鎖は庵を捕らえることに成功した。鬼の面から流れ出ていた何かが止まる。“鬼縛り”は通用したのだ。


「今だ!」


 伸太は隠し持っていた小槌(こづち)を手に、もう飛び出している。

 

 庵は焦りもしない顔を右腕に巻き付いた鎖に向けると、低い声で呟いた。


「輪転“悪雷(あくらい)”」


 あの赤い雷を見ていたからこそ、庵の体を包むように勢いよく流れ出たのが何か理解できた。


 禍々しい黒い雷を放つと、庵は“長髭丸”を無造作に伸太へ投げた。動作に似合わぬ速度で大気を切り裂いた刀は、伸太の右肩に深々と突き刺さった。


 それを見もせずに、庵は右腕を小さく引き寄せた。


 恭治を地面ごと揺さぶられているような力が襲い、鎖に引っ張られた体は庵の前に無防備な姿で浮き上がった。

 最初から最後まで、庵の動作は二人に反応できない速度で行われた。事態を把握できないまま、恭治は“鉄削ぎ兼光”に一刀両断された。

 

 どっ、という音が、恭治の上半身と一緒に地面に落ちる。


 庵はまだ動く気配を感じると、腰の散弾銃を空いた手で引き抜きそちらに見舞った。百を超える弾丸が激突し、穴だらけを通り越した肉片が飛び散る。


 尻もちをついたままの伸太に顔を向けると、地面を()きむしりながら逃げ出した。庵はその背中にも、鉄の仮面をつけたまま銃口を向ける。


 渇いた音が数百の弾痕(だんこん)の発生を告げた。伸太が動かなくなったのを見届けると、庵は散弾銃を下げ腰に戻した。

 二人の死体が茂と同じように消えてしまうまで立ち尽くし、恭治の倒れていた場所に転がっていた物を拾い上げる。

 刀を鞘に納め、“威装”を解いたその瞳には何の感傷も読み取れない。


 言われた通りに座り込んでいる鴎の方へ歩き、その前へ庵もしゃがみこむと、少年と彼が抱える少女の顔を眺めた。その段になってようやく、庵の顔に人間らしい表情が浮かんだ。

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