選択
間違いなく最初はいなかった、どこか途中から来ていたのだ。部室棟前の戦いに注意の大半を割いてしまい、自分の観測は甘くなってしまっていたらしい。
どうしてここに、いや、そもそも何をしているんだ、あいつは。
生じた疑問の答えはすぐに提示された。
「うわああああ」
悲鳴とそう違わない叫び声を上げながら走る先は、恭治の方だった。鴎は結を助けようとしているのだ。広い背中に体当たりを掛けた。当然の結果として弾かれる。
馬鹿なのか、あいつは。
侮蔑や罵倒ではない、純粋な感想を補強する光景だった。向こうがその気になれば軽く撫でるだけで殺されるというのに。
尻もちをついた鴎を、恭治は当惑の強い表情で見下ろしたが、すぐに前を向いてまた歩き出した。伸太も奇異の目を向けているが、そんなことはお構いなしに、立ち上がった少年はもう一度走る。
「ああっ」
今度は何とか転ばずに済むが、恭治はびくともしない。握った拳をその背中へ叩きつけようとしたとき、後ろから襟首を掴まれ投げ出された。
紙の軽さで宙を舞うと、鉄球の勢いで地面に叩き落され、げふ、と胃から音を吐き出す。投げ飛ばした張本人はそちらを見もしない。
突然の乱入者に最初こそ驚いたものの、無力な一般人だと知ると、達也以外の三人は興味を失くしていた。背後の少年を無視して車へ向かう。
膝をついて立ち上がろうとし、ガクリと折れ曲がった肘が体重を支え切れず、地面に頭をぶつける姿を見ていたのは、達也だけだった。
ひょっとして頭がいかれて恐怖を感じていないのだろうか、と思ったが、上げた顔がべそをかいているのを見ると、達也は鈍器で殴られた気がした。
怖くないのか?怖いに決まっている。体中が哀れなくらいに震えて、顔も怯えて歪んいるじゃないか。それでも、あいつは歯をくいしばる道を選んだ。
ドクンと心臓が鳴る。
こうなることは分かっていただろうに、飛び出し、打ち据えられても立ち上がろうとしている。騎士と呼ぶには余りに不格好で貧弱だが、臆病者と呼ぶには余りに眩しかった。
似ている、という評価を思い出す。
どこがだ。俺は見ているだけだ。あのときも今も。あいつはちびりながら戦っているのに、俺は何をしている、俺は。
鼓動が加速する。
スコープの先では、鴎が頼りない両足で踏ん張りながら立ち上がった。砂まみれの顔に涙が伝うのがよく見える。
彼女の泣き顔が重なる。あのとき立ち尽くしていたことを何度も後悔した。
何もできなかったなんて言い訳を、あと何回繰り返せば気が済むのだろう。できなかったのではなく、しなかったくせに。
今も俺は見ているだけだ、俺は今度も選ばないのか。
鴎は風に吹かれたようによろめきながら茂に突っ込んだ。頭が当たった途端、茂はぐるりと体の向きを変え、首を掴んだ。
そのまま持ち上げると、足をばたつかせる鴎に、積年の不満と今しがたの怒りをぶつけることにしたようだ。刀を引き抜くと恭治よりもむしろ鴎に伝えるように叫ぶ。
「こいつは殺すぞ!」
加速した鼓動が吐き出した力に押され、達也は指を引いた。