赤霆
爆発音がしたとき、恭治は茂が意識を取り戻したのだと思った。煩わしさそのものを見るのは気が進まず、ゆっくりとした速度で顔を動かす。
その顔に降りかかる破片は、六城の方から飛んできたものだった。どうやらまだ意識があったらしい。
新しい“遺産”か?
驚くことではない。“虎伏せ”の過保護さはここにも聞こえてくるほどだった。追い詰められたときのために何か持たせていたのだろう。
十中八九緊急脱出用だと当たりをつけても、恭治は足を急がせなかった。彼女の甘さは達也を見逃していたことから察していた。瓦礫に埋もれた生死不明の同胞を見捨てられないはずだ。
部室棟を回りこむと、正面で棒立ちしている伸太が見えた。甥の様子に軽く舌打ちをする。こいつには臨機応変の才というものがない。黙って見ていないで今転がったコンクリでも投げつけてやればいいものを。
しかし隣に並ぼうとした恭治は、同じ光景を目にし、思わず足を止めた。
瓦礫の中心に立つ結は、ついさっきとは打って変わって漆黒の“威装”を身に着け、毒々しい赤色の混ざった黒い刀を握っていた。髪の色まで刀と同じになっている。
心臓の鼓動を思わせる一定の間隔でその体からは何かが放たれている。赤色も相まって、見る者にまるで血が吹き出ているような錯覚を与えた。
何より注意を引いたのは、冷めたを通り越して機械的ですらある瞳だった。先ほども年に不相応な落ち着きを見せていたが、これは違う。意思を感じさせない目だ。同一人物なのかという疑いすら生じる。
その体が小さく揺れたとき、恭治は我に戻った。
「来るぞ!」
呼びかけた先の伸太が吹き飛んだ。背後の体育館の壁にめり込む。
そちらを見ることもなく、刀を抜いた恭治は隣に切りつけた。血の赤色が翻り、恭治の刀を受け止める。
刀と刀が勢いよくぶつけられ、火花が散った。有機的なものを排除した瞳が、日本刀の奥からこちらを観察していた。
動きを捉えることができなかった。今の刹那に移動したというのか。
推測にうすら寒さを覚えるも、胆力に後押しされて睨み返したとき、鼻先で何かが爆ぜた。耳を弾く音が生じ、ピリピリと肌に響く。
体から放たれていたものの正体が分かった。刀身の色の赤い雷だ。血ではなく電気が体から漏れ出ている。放電をしているのだ。
向上しているのは速度だけのはずだと力押しに押し込もうとして、向ける先を失った体がよろめいた。
どこに行った。
目に見えないものに追い立てられる恐怖が声になって口から逃げようとした。
「起きろ伸太!」
当てずっぽうで背後に刀を振り回すと、金属と金属がぶつかり合った。それが鳴り終わるより早く、結は赤い残像を残して過ぎ去る。恭治を中心にして周囲を走り続け、位置を悟らせない。放電の音は攪乱の役割を果たしている。影が残すのは尾だけで、刀は何もない空間を叩く。
目にもとまらぬ超スピード、それが“遺産”の能力か。戦場からの離脱だけが用途ではない。
似たような”遺産”を見たことがある。恐らくは体内に取り込むことで能力を強化する類だ。
放電していることからして時間制限があるのだろう。時間をかけて削るような真似は許されない、どこかで勝負を挑んでくるはずだ。
「伸太!石を投げろ!」
うめき声を上げながら動くのがちらりと見えた。ただ体当たりを食らっただけで、致命傷ではない。
高速移動を繰り返していた結が、唐突に恭治の三メートルほど前方で止まった。
なんだ、と考えた瞬間に突進してくる。刀を持つ腕が反射的に前へ出るも、激突音は生まれなかった。黒い日本刀が地面に突き立てられ、しなりながらも結の速度を殺す。その場にとどまりつつも伸ばした足が恭治の腹にめり込んだ。
体が浮きかけたが、何とか背後へ倒れるのを堪えると、結はまたもや距離を置いていた。
クラウチングスタートに似た踏み込みで、こちらを見ている。そのどこか遠い目に”虎伏せ”を見た気がして、恭治は息を呑んだ。
こいつは危険だ、ここで止めないと、自分たちは全滅する。
結は一際激しく放電する足で、地面を蹴った。蹴飛ばされた砂が膜となってその背後に広がった。
再度の突進に、余裕が消え失せた頭で考える。このまま来るのか、止まるのか。
消極的に胸をかばった腕は、何にも触れられることはなかった。
結は途中で恭治の後ろに回り込んでいたのだ。勢い余って広がった間も、今の結なら二歩で埋められる。
背後を取られたことを自覚し、汗が噴き出す。間に合わない、振り向く前にやられる。
しかし、二歩目を踏み込んだばかりの体を、大小の石が襲った。飛んできた方角に頭を向け、震えながら立つ伸太を確認する。
伸太が血反吐を飲み下しながら放った一撃は、恭治に見失っていた結をはっきりと捉え、“命題”の発動を決意する時間を与えた。
結は横に傾ぐ体勢を強引に立て直し、攻撃を再開しようとしたが、顔へ向けられた手がそれを許さなかった。
恭治の目が琥珀の色となり、培われてきた能力を開放する。視界の中心にある結は輝きの中に閉じ込められ、固定された。
時間が堰き止められ、結は前傾姿勢のまま動けない。恭治はその顔に刀を叩き込んだ。