面と線
二刀を握る両手にぐっと力を込めたクレアは、月光を強く返す、自身の“威装”の白色を見つめた。脳に繰り返されるのは事前の作戦会議のことだ。
自分たちとは桁の違う戦いを生き残った“可能種”、強敵を前にした結は、奇襲の有効性は薄いと考えた。
以前の戦い、“翠嵐”を使った結の最速を、あの和助とかいう水野家は“命題”を利用して回避した。今夜の敵もその一族であることから、似た“命題”を持っていることは間違いない。今はこちらの練度が高まり奥の手もあるとはいえ、確実に仕留められるかは分からなかった。
そのため結は、先制という優位性を、速さを活かした点による攻撃ではなく、風の力強さを用いた分断に利用した。
「かかってこいよ!」
鴎の話から推測した通り、この男は血の気が多い性質のようだ。仲間との合流を図ろうとしないのは予想通りであり好都合でもある。
分断に成功すれば、クレアが一人でこの男を片付けることになっているからだ。
加えて、自分はそれまで時間稼ぎに徹するから、だからなるべく早く助けてくれ、と軽く言ってのけた姉妹の顔を見たときの気持ちを、クレアはもう一度思い出していた。
呆れながら、その無表情は思考を放棄したが故ではないか、とそのときは口に出してみたが、内心嬉しくはあったのだ。
恥ずかしがり屋の部分が邪魔して、強いてその理由を求めることはしなかったが、自分でも似合うと思っていたこの白色を、彼女が褒めてくれたことも思い出すと、期待に応えられる自分でありたいと思った。
最後にもう一度だけ段取りの確認を行うと、クレアは飛び出した。
光を発する黄金の髪、黒を押しのける純白に、茂の視覚は当然反応した。身を隠していた意味のない正面突撃、目を奪う極彩色、一目で陽動だと看破する。振り返ると同時に、その顔をオレンジの光が照らした。
“道引行灯”は火球の発生範囲を大幅に伸ばしたのだ。この廊下ならどこからでも“命題”は発動可能になった。
後方から廊下一杯に広がる火球、逃げようとしても前方のクレアが道をふさぐ。
この一手で詰みだ。
そのクレアの確信に反して、茂は片足を引きながら至極静かに刀を振りかぶると、右腕と共に背後へ突き出した。
「咬牙二連!」
刀は空を切り、叫び声は虚しく響いたに見えた。しかし、刀の先端から何かが迸ると、それは太いきしみ音を上げながら火球に迫った。交差した二本の線が火球を切り裂く。
クレアは体より大きいそれが瞬く間に消え去るのを見た。そしてこちらを向くギラギラとした眼光も。
今度はこちらへ振り抜かれようとする青い光に、背筋を氷が伝う。炎を纏った“緋染忠塚・改”を繰り出し、どうにか相手の刀を押さえこんだ。
手に持つ刀以上に鋭い視線を互いに送りあう。
顔を炙る炎を嫌ったのか、茂が距離を取ろうとする。再び斬撃されることを恐れたクレアは追撃をしかけ、やめた。
初手が防がれた場合の攻撃パターンも用意してある。無理に相手の行動を封じるのではなく、気持ちを静め、次の攻撃に映るべきだ。
それに、派手な掛け声と光景につい動揺したが、冷静に考えると今の応酬だけでもいくつかわかることはあった。弱点となるかは自分次第だが。
刀身から目に見えない刀を発するのか、その射程範囲は単純な刀の間合いを越え、威力も高い。しかしそれをクレアには向けなかったことから、一方向にしか攻撃は行えないようだ。その点は結の”翠嵐”と似ていて、体験したことはある。
さらにあの馬鹿げた掛け声から察するに、斬り付けの数を含めた口上が発動条件らしい。だとすればどこまで攻撃が伸長するのかはある程度予想可能だ。
誤認を誘っている可能性もあるが、茂の顔を見たクレアは、ないな、と判断した。
教室三つ分離れると、茂は野球のバッターに似た構えをした。こんなことをするのは初めてだが、何となく上手くいく気がした。平時の限界は三連だが、調子がいいときは四連だ。
そして今は、
「咬牙四連!」
振り回された切っ先の延長線上にクレアが到達する数瞬前に、ゴリッ、という音、解放された何かが廊下を驀進した。
クレアの手前で四度目の音が響く。頬の近くを掠める殺気を感じながら、何とか身を捻って躱した。姿勢を崩したクレアに、茂が追撃を叩き込もうとする。
口角を上げたその表情を目にしたクレアは、脇差を軽く振った。
もう一度背後から火球が発生し、茂はそちらへの対処に迫られた。舌打ち一つと共に視線を向ける。
「咬牙二連!」
放たれた二撃は先ほどよりも大きく、火球を消し飛ばすだけでなく勢い余って壁に切れ込みを入れた。
茂は興奮した目をその二つの切れ込みと刀に向けた。
やはり、“遺産”の馴染み方が日頃の比ではない。研ぎ澄まされる集中力と共に、自分が急速に成長しているのを感じる。実戦でこそ技は磨かれるのだ。できたての根拠が、次は一つ飛ばして六連だと囁いた。