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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
戦場の支配者
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冬空の狙撃手

「もうやめろ、こんなこと」


 手を引っ張って連れてきたのは校舎の陰だった。離すことも忘れ、潜めた声を出す。


「またその話?」


 聞き飽きたよ、と目が言っている。何度も覗いた瞳、目を閉じていたってどこまでも鮮明に思い出せるほど。


「“虎伏せ”が来てるんだぞ」

「チャンスじゃん。きっと強い“遺産”を持ってる」


 相手はいつものいたずらっぽい調子で答える。事態の重大さを理解していないわけでもないだろうに。もどかしさと苛立(いらだ)ちで気が狂いそうだ。


「あいつらはお前を利用しようと考えてるんだ。当て馬にしてる」


 掴みかからんばかりの勢いで事実を口にする。彼女は彼らの目的に必須(ひっす)ではない。だから”虎伏せ”に挑むのを止めようとはしなかった。


「そんなの分かってるよ。こっちもむこうを利用してるでしょ」


 毛先をいじりながら、校舎の壁の落書きに目を走らせている。興味を失った様子に、言葉が口から(ほとばし)った。


「こんなことからは手を引くべきだ」


 じっくりと時間を置かれ、そして向けられた目にたじろいだのは、覚悟なんてこれっぽっちもできていなかったからだ。


「どうするの?」


 おふざけ抜きだと、真剣な表情が訴える。いつだって、この緩急に振り回されてきた。いつだって、質問の形をとった強制に、自分は文句の代わりのため息で応えてきた。

 ときにはそれで誤魔化せた、だけど、今回は、


「手を引いて、二人でどうするの」

「…」


 ため息ではなく、言葉を口にしなければいけない。もっと早くにそうすべきだったが、彼女の手を連れて走り出さなければいけない。位置に着くよう、彼女は告げた、よーいドンは、自分が告げなければ。


 分かっているのに、声が出ない。


「答えられないの?」


 失意をどうにか隠した声で、彼女はもう一度尋ねてくれた。どう答えるべきかは分かりきっている。これが二人にとって最後のチャンスであることも。それでも、あと一歩が踏み出せない。


 結局、口を半開きにしていつまでも黙っていた。


 自分自身の運命も決められない相手、そしてそんな男に期待をした無様を笑おうとして果たせず、彼女は目に炎を宿らせた。


「あんたは」


 視線の強さよりも、滲んでいる涙が胸に突き刺す痛みを与えた。


「肝心な時だけだんまり」

「それは」

「いつもそうだった」

「だから」

「これでおしまい」

「まって」

「おしまいって言ってる!」



 追い詰めたはずの敵にカエル諸共(もろとも)蹴散らされ、彼女が地面に倒れ伏す。男子生徒の方に駆け寄る奴からは見向きもされず、必死で校舎へ逃げ込む。

 逃げ場を求めた感情のせいだろうか、無意識に繰り返していた荒い口呼吸、それにようやく気付く。

 彼女の負けだ。追手が向かうだろう。ここでその頭を弾き飛ばせば、彼女は許してくれるだろうか。

 もう何度目か分からない躊躇いを引き金に乗せようとして、指は止まる。やっと手に入れた平穏を破る発砲音は響かなかった。

 見殺しだ、とその手の銃が言った気がした。



 微かな物音が、小佐野(おさの)達也(たつや)の意識を感覚に再接続させた。音のした方を見ると、記憶にある車が駐車場へ乗り込んできていた。恭治(きょうじ)たちのバンだ。

 辺りは夜の暗色に取り囲まれていて、空気はすっかり冷えていた。開幕を待っているうちに、肌になじまないコンクリートの違和感も忘れていたらしい。


 息を吐きだして気持ちを切り替えようとするが、すっかり胸を占領してしまった後悔はその程度では去ってくれなかった。

 仕方がない、と独り言ちると、雑多で重い頭のままスコープを覗いた。


 恭治たちはこの戦いに敗北するなど夢に思っていないだろう。自分とそう年の離れていない伸太(しんた)はともかく、後の二人は片手できかない戦いを潜り抜けてきたからだ。特に恭治は、佐久間が没落した原因の長い争いを経験している。

 窮地(きゅうち)こそ力を発揮し、重ねることで火事場の馬鹿力を常態(じょうたい)とする“可能種”にとって、戦いの経験はそのまま強さに加算される。和助に勝ったとはいえ、一度や二度の殺し合いしか越えてこなかった小娘たちなどどうとも思っていないはずだ。


 しかし、それを差し引いても、罠を仕掛けている可能性がある校舎に待機していた達也へ、情報を伝達するよう指示していなかったのは、もうずっと達也が(おちい)っているこの注意力の散漫が理由だろう。


 それが妥当な判断だとは、達也自身も認めるところだった。暇があれば、巻き戻せない時計の針と過ぎてしまった日のことばかり考えている。そして振られた女のことばかり。

 女といえば。

 あののんびりとした顔が頭に浮かんだ。余計なお世話に意味はあったのだろうか。話していたときの様子はどちらとも取れたが、果たして。

 そこで、裏切ったと責められたときの顔を思い出した。彼女のときと同じ、無防備な相手を傷つけたという直視しがたい感触が蘇る。何様のつもりでこんなことを考えているのだろう。自嘲(じちょう)する気にもなれなかった。


 再び失われかけた注意を、ドアの開閉音に指摘される。達也は一つ息を吐いた。

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