撮影本番
「でも、こんな服じゃ舞踏会なんて恥ずかしくて行けないわ!」
「はいドレス」
「うわぁ素敵!だけどまだ靴が普段通りね…」
「はいガラスの靴」
「まぁ!ありがとうか魔法使いのおばあさん!後はお城へ急ぐための馬車でもあればいいんだけど」
「欲しがるねえ~」
遂に始まった撮影を、鴎ははっきりと色分けできない迷いを抱えて眺めていた。
江袋高校では、月曜日の午後からと火曜日全体の授業時間が文化祭の準備に充てられている。つまり残すところ今日を入れてあと二日であり、文化祭はもう目と鼻の先まで近づいていると言っていい。そして結に声を掛けるまでの猶予も残り少ない。
ロッカーや床、撮影の邪魔にならずカメラにも入り込まない位置に、生徒たちはいくつかの団子になって座っている。鴎も男子のグループの端で体育座りをしていた。
そうして周りと同様、演技に注目している振りをして女子の方を盗み見する。鴎本人としては十分に間を置いているつもりだったが、実際にはごく短い間隔で、不審ですらあった。
結はクレアと、そして大道具組だった女子たちと並んで演劇を見ていた。撮影が始まる前に三人から声を掛けられそのまま一緒に座っていることを、朝教室に戻ってからずっと、今日は結のことばかり見ていた鴎は知っている。
時折入る馬鹿げたシーンについて意見を交わし、時には共に肩を小刻みに震わせ笑っている。クレアもぎこちなくはあったが、三人と笑みを浮かべて会話をしていた。
それは友人たちが勇気を出した成果であり喜ぶべきことだったが、鴎が抱いたのは素直な称賛の思いだけではなかった。
達也の言葉に乗せられるのかどうか、この期に及んでうじうじと悩んでいたが、考えようによっては撮影の時間がチャンスではないかと思っていたのだ。
皆が演劇に集中しているタイミングなら、鴎が女子二人に近づいてもそれほど目立たないだろうし、一緒に文化祭を回る口実も作りやすいのではないか、そういう計算が合った。
しかし、捕らぬ狸の皮算用とはよく言ったもので、鴎の狙いは二人のこれまでの努力とその結果でご破算となった。
そういうわけで、鴎の中には結とクレアが二人きりでないことを残念に思う自分がいて、そしてそれに嫌悪感を抱く自分もいる。
「王子様、私がそのガラスの靴の持ち主です」
「嘘をつけ、見た目からしてヒト亜族じゃなくてゴリラ属寄りじゃないか君は」
「言葉に気をつけろよ、俺からしたらお前の頭なんて紙風船みたいなもんなんだぞ」
「寄りっていうかゴリラだったわ」
うじうじと思考の沼を這っている内に、撮影は終盤まで進んでしまった。今から近寄っても、長く話は出来ないだろう。
思いが諦めへ向かうのは時間が無いからではなく、今更声を掛ける度胸がないからだ。
そのことを自覚している鴎は深くため息をつくと、これでは達也に言われたことも否定できないな、と内心独りごちた。
「お疲れさまでした、みなさん。撮影は終わりです。後は明日編集をして、私たちみんなで確認するだけです」
集まったクラスメイトたちの前で、文化委員の佐藤が挨拶をしている。本人なりに責任やらの重圧を感じていたらしく、ようやっと解放されるという思いからか、その目には涙が浮かんでいた。
「あの、本当に、お疲れさまでした。最初は、こんなクラスで、大丈夫か、心配だったけど、今日は、ちゃんと背景も完成させてくれてて…」
原田と小手川はしゃくり上げる佐藤に冷めた目を向けていたが、働きに言及されるとどこか誇らしげな表情を浮かべ、そして視線をちらちらとクレアに向けた。しかし見られている方は何故か師匠面で佐藤を見つめており、原田たちには見向きもしていなかった。
「うぅ、私、このクラスでよかったなって」
とうとう佐藤が泣き崩れた。それにつられて女子たちもすすり泣きの声を上げる。男子は面白がって密かに笑っている。
「頑張って佐藤」
「アカデミー主演女優賞受賞者ばりに泣くやんお前」
調子に乗って小ばかにした男子生徒が皆から厳しい目を向けられ縮こまった。
「だから、ありがとうございました!」
涙で顔をくしゃくしゃにした佐藤が温い視線と拍手を送られつつ一歩下がると、代わりに迫が進み出た。もじもじと恥ずかしがっていたが、皆に早くするよう目で伝えられ、
「みんなで楽しめてよかったです、またしたいです」
「誰だ幼稚園児入れたやつ」
話が終わると六限目終了のチャイムも鳴り、皆談笑しながら掃除場所へ向かい始めた。
鴎もその流れに加わりつつ、どうにかして結と会話する機会が無いか考えたが、靴箱を出ても大した考えは出てこなかった。
今は思いつかないが、まだ時間はあるので放課後までにどこかで話しかけよう、そう決意して箒を握る。