達也の言葉
「なんか面白い石見つかった?」
「…探してなかった」
機械的な手つきで土をいじる達也の横で、鴎は「ええ~」と声を上げる。
「もう今週だよ?文化祭」
「そこらのデカい石拾って削ればいいんだろ」
「いやいやいや、どうやって削るのさ」
「どうだっていい。お前らこそどうなんだ、こないだリハーサルするって日に誰かいなくなってたんだろ」
狭い校内では噂が広まるのも早い。鴎は結が代役に立候補したこと、そのお陰で何とかなったのだと説明した。
「…だからさ、すごくない?僕は手を挙げられなかったよ」
話している内に興奮してきた顔で達也の方を見ると、うんざりしたと言いたげだった。
「うんざりだ」
本当に言われた。
「口を開けばムスビ、ムスビ」
「そんなに言ってないよ!」
「俺に好き好きアピールしてどうするんだ、お前。相手間違ってるぞ」
「…あのさ、達也。そうやってからかうのやめようよ」
「じゃあ好きじゃないのか」
「…」
「好きじゃないのか」
「しつこいよ…」
どういうつもりだ。
鴎の気持ちとしては、達也の態度に戸惑い半分、苛立ち半分だった。友人相手でも、こういう話題ばかり振られるのはあまりいい気分ではない。
いつもは軽はずみにパーソナルスペースを侵すことはない達也だが、こと話題が女子に及ぶと、鴎の結への気持ちにばかり触れる。
そんなことは人に言われることではないのだ。自分の中でケリをつけることなのだ。
「…別にどうだっていいだろ、達也には関係ないよ」
精一杯不機嫌に聞こえるように出したが、怒り慣れていない悲しさか、拗ねた声になってしまう。
「なら文化祭は一人で回れ」
「…はぁ!?」
何を言っているのか理解できない。こちらの態度への仕返しなら余りに幼稚だ。
達也は鴎の声に構わず、地表から頭を出している枯草の根っこを無表情で見ている。
「俺は六城を誘う」
鴎が声を取り戻すまで、スコップが柔らかい土を掘り返す音だけが聞こえた。
「何言ってんの?さっきから…」
「お前が好きなら諦めようかと思ったけどな。そうじゃないなら手始めに文化祭からだ」
これは達也なりの冗談なのだろうか。だとしたら下手くそに過ぎる。
そんな鴎の願望交じりの甘い観測も、次の達也の発言で覆った。
「嫌ならお前が誘えばいい」
「…!」
要するに、これが狙いなのだ。一向に煮え切らない鴎を焚きつける為に憎まれ役を買って出てやるということか。
ありがた迷惑だ。友人であってもそんなことまで世話をされる筋合いはない。
「あのね達也、何のつもりか知らないけど、僕は好きなら好きって自分で伝えるよ、そんな…」
「ならどうして今言いに行かない?」
声の圧に花が萎びた気がした。鴎は生じかけたつま先ほどの反発と一緒に声を飲み込んだ。
淡々と続ける達也の低い声は何かを押し殺した重みがあり、鴎の耳をするりとは抜けていかなかった。
「誰だっていつまでも一緒にいられるわけじゃない。お前が指をくわえて見ている間にも時間は経ってるんだ」
聞き流せない引力は続く。達也の目の遠さは、誰かが自身に落とした影を見ているからだ。
「俺たちは似てると言ってたがな、あれは確かにそうだよ。だから俺には分かる。このままだとお前は必ず後悔するぞ」
金属の硬さを思わせる瞳で鴎を一瞥すると、達也は一人で立ち上がり、道具を片付け始めた。
「俺はやると言ったからにはやるからな」
それだけ言い残し、校舎へ歩き去っていった。
鋭さに貫かれた胸では追いかけようとも思わず、鴎は花壇に目を落とした。
達也の態度の急変よりもその発言の方が心中で響いて止まない。
最後まで口を差し挟まず聞いていたのは、自分でも薄々思い出していたからかもしれない。時間は恐ろしく緩慢に、しかし気づいたときには取り返しのつかない距離まで忍び寄るものだと。
目を背けがちな事実に向き合えと体のどこかが呼応しているからこそ、鳴る音はこんなにも激しいのだろうか。
確かに夏はあっという間に過ぎ、指先を責める冷気には刺々しさが加わり、秋すら終わろうとしていることを突き付けてくる。あと二度この季節が訪れればそれで三年間は終わりだ。そう長い時間が残されているわけではない。
何より、自分がやっとこさ重い腰を上げるまで、出会ってから日ごとに輝きを増すあの子が放っておかれることなどあり得るだろうか。
鴎は楽しくもない現実を眺めつつ、自分はこれからどうするつもりなのかを考え始めた。