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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
戦場の支配者
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落ち着き

 そして決定的なやり取りまで秒読みとなったときに、


「原田くん!小手川くん!」


 鴎の背後から三人の誰とも音域の異なる声が聞こえた。漂うむさ苦しさを吹き飛ばしたのは、息せき切って辿り着いた様子のクレアだった。

 原田と小手川は名前も憶えていない同級生に、鴎は突然現れた友人へと、それぞれ理由は違っても戸惑いの視線を向ける。

 そんな無遠慮な注目に構わず、クレアはそのまま鴎を押しのけると二人に近づいた。


「背景のことで、ちょっと話したくて」


 呆気にとられる三人を置いてけぼりにしたまま、クレアは言葉を続ける。


「まだ間に合ってなかったでしょ?」

「いや、それは」


 思わず口答えしてようやく、二人の感覚器官は目の前の少女を認め始めた。そうして輪郭に精彩が加えられると、見たことがないほどに整った容姿の女の子に話しかけられているという事実が突然出現した。それは話したことの無い少女に迫られるという不快感を帳消しにした上、二人に年頃の純情さを取り戻させた。


「…えっと」

「二人が頑張ってくれてたことは知ってる」


 口ごもり出した原田の目、そして小手川の目を順番に見つめ、クレアは畳みかける。


「でも、絶対に本番までには間に合わせたいから、今日からも、もっと頑張ってほしいの」


 そうして、口を開いたまま棒立ちしている二人に深々と頭を下げる。


「お願いします」

「…あ、うん」

「お、おう。な」


 すっかり毒気を抜かれた二人が、声は不明瞭(ふめいりょう)ながらも頷いたのを見届けると、引き締めていた表情を和らげた。


「良かった。それじゃ、お願いね」


 そして二人に背を向け、鴎の方を向いたときにはいつもの顔だった。


「あんたは作業」


 そう言って鴎の手を取ると、ずかずかと歩き始める。


「え、あ」


 鴎はもごもごと口を動かしながらも、抵抗できずに引っ張られていった。

 取り残された二人が顔を見合せたのは心をかき乱す金色が廊下の角へ消えてからだった。

 

 原田たちの視界から外れた途端、クレアの歩く速度は“可能種”のそれになり、連れ回される鴎はすぐに息が切れた。


「クレア、ちょっと」


 声をかけるとやっと止まり、鴎は額に汗を浮かべながら息継ぎを繰り返す。

 体を折る鴎に向けられた青い瞳は涼し気で、腕組みをしている余裕っぷりは対照的ですらある。

 クレアは鴎に向かって静かに一言、


「何熱くなってんだか」

「う…」


 今の体温ではなく。先ほどの態度のことだと理解している身では(うめ)き声しか出なかった

 クレアの割り込みによって、思考に宿っていた熱は何処かへいった。一時の感情に振り回された後味の悪さを噛み締めながら、鴎はクレアの方を見る。


「クレアはどうして?」

「前からあの二人には文句言おうと思ってたし、あんたが変な顔で歩いてるのが見えたから。私が来なきゃ取っ組み合いになってたんじゃないの?」

「…そうかも」


 あの険悪な雰囲気なら、そうなっていてもおかしくはない。

 冷静になって考えると、()ね繰り回していた理屈も、頭に血が上っていた自分を納得させるための、またその程度の強度のものでしかなく、今の鴎に訴えかけてくる所は少なかった。

 そこまで自覚した心境は、叱られているときの惨めさに似ていた。だからといって意固地になるのはもっと情けないので、鴎は素直な気持ちを口にした。


「クレアに助けられたよ」


 割って入ってきてくれなければ、クラスの雰囲気に水を差すような問題を起こしていただろう。鴎は静かに自戒(じかい)した。

 それにしても、人と話すのは苦手だと言っていたクレアが、よく知らない男子二人に一人で話しかけたものだ。

 考えは視線に乗ってクレアに届いたらしい。


「あんたの言ってた通り、やってみたら何てことなかった」


 声は言を証明するように落ち着いていて、それが逆に嘘だと、少なくとも混じりけの無い事実ではないことを物語っていた。

 あれだけ拒否反応を示していたのだから、何ともないことはないだろう。それでも自分に助け船を出すため、一歩を踏み出してくれたのだ。

 鴎は内側に(こも)っていた怒りの熱とは違う、ぽかぽかとした暖かさが全身に広がるのを感じた。そしてその熱に促されるまま礼を言う。


「ありがとね、クレア」

「な、なにが」


 脈絡なく浮かべられた控えめの笑みに、クレアは怒った口調で返事をした。


「言っておくけど、私の一番の目的はあいつらに一言言うことであって、全部あんたのため

だなんて考え方は思い上がりだから」

「うん、でもどのみち僕じゃ説得できなかったよ、押しが利かないし。だからありがとね」


 感情の波は引いていても、盛り上がりはまだ留まっていたのか、鴎は恥ずかしさ抜きにクレアを褒める。


「二人とも女の子なんて怖くないって言ってたのに。クレアは流石だよ」


 クレアは物言いに込めた強さに動じない鴎を、照れと恥じらいの表情とそれを誤魔化すための不審そうな目つきで眺めた。

 今度はその鈍さを非難しようとして口を開きかけたが、鴎のほのぼのとした顔つきに、文句を言う気は削がれたようだ。

 息を吐くと、少し大人な笑みを浮かべた。


「…まあ、可愛い女の子は例外ってこと」


 クレアは鴎を置いて歩き出した。


「結が待ってるから、ほら急いで」


 「うん」、と頷き、鴎も後をついていく。



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