熊
「昨日熊の生命力に圧倒された」
偶然会って一緒に帰ることになった達也が、珍しく自分から話を始めた。話題の突飛さもあって、鴎はついていくのが遅れた。
「ディフォルメされたキャラクターものの絵だとか、ヒトの撮った写真ばかり見てると忘れがちだけど、あんなのが目の前に来たらちびってもおかしくないな」
「なに?動物園?」
よほどショックを受けたのだろう。横顔は真剣だ。
「なんか海外の野生の熊。すごい動画だった」
思わず尋ねる。
「……動画なの?」
「うん」
「動画じゃん!」
「うん」
「動画なら写真と同じじゃん!」
鴎の反応は達也が求めていた以上だったらしく、少し引き気味の対応だった。
「いや変わるだろ……」
「変わんないよ!」
「いや変わるって。まるで本当に遭遇したみたいだった」
「達也が会ったわけじゃないじゃん!」
「そうだけど……何熱くなってるんだ?」
論点をずらした上にこちらが異常だと言わんばかりの口調が腹立たしい。
「エアプ勢がドヤ顔で語るのが許せないんだよ!」
「なんか、ごめん……ちなみにお前、フランダースの犬どんな話か言えるか?」
「男の子と犬が死ぬんだよ」
「お前も大概エアプじゃねえか」
散々言い争ったあと、熱くなった原因を二人揃って文化祭に押し付けると、話の中心もそちらに移った。
「地元の人も来るのかな」
「……どうだろう」
「中学生とか、遊びに来るかな?」
「平日だろ」
「あ、そっか」
言われるまで気がつかなかったがその通りだ。すると、わざわざ来校するのは生徒の親戚に限られる。
自分の場合は誰も来ないということだ。小学生の頃、授業参観に両親どちらも来てくれなかったときのことを思いだす。あのときはどうしようもなく寂しかったが、今の鴎には椅子に縮こまって座っていた記憶を感慨深い目で見つめる余裕がある。成長したのか、情が薄くなったのか。
「僕はだれも来ないや、達也は?」
「……俺も身内は来ないな、高校生にもなると来る方が少ないんじゃないか?」
「うーん、かなあ」
親との仲が破綻に近いという自覚があるので、一般的にどうか断言する資格はないと思った。
達也も同じなのだろうか。
先ほどの男に怯えることが無かったのは、友人の達也が隣にいたからだ。心安さが鴎の口を滑らかにする。
「僕ら結構似てない?」
「……何で急に?」
「なんか、シンパシーを感じた」
達也が僅かに見せた驚きは、フッ、という鼻を鳴らす笑みに隠れて鴎には届かなかった。、
「俺も変人だってことか?」
否定はしない表情に、もしかして達もそう感じたことがあるのかもしれない、と鴎は思った。
「そうかも」
鴎も軽く笑い返した。