雲
教室へ戻る直前、脳内でぐるぐると渦を巻く思考に嫌気が差し、鴎は何気なく視線を窓から見える景色へ振った。
「…?」
すると、校舎の陰に座り込むクレアを見つけた。
盛り上がった鼠色のコンクリートに腰掛け、雨風にさらされくすんだクリーム色を背景に、目を奪う金色が存在感を発揮していた。
何をしているのだろう。どうして一人なのだろう。周りからはどう見えているのだろう。
噴き出した雑多な疑問が、鴎の両足の行き先に微妙な力を加えた。
靴箱から外に出ると、伸び上がりたくなるほど高い空にいくつか分厚い雲が漂っていた。
クレアはその雲の作り出す影の中に、ぽつねんと座っている。周囲に溶け込むことを拒む黄金の髪と、曖昧な所のない目鼻立ちは、ぼやけがちな日陰の中にくっきりと浮かび上がっていた。
近くまで来てみたが、今自分が話しかけてしまうと、その美しくすらある風景を踏み荒らしてしまう気がした。
そうして鴎が間抜け面をしていると、少女の頭が僅かに揺れ動いた。
突っ立って自分を見つめていた変人の姿を認めると、クレアの顔から無防備な表情が消えた。途端に怒った風になる、
「…あの、どうしたの?」
少し気まずい思いをしながら、鴎はクレアへ声をかけた。
あっちいけ、か、あんたには関係ない、か。開かれかけた口は、しかし音を発する前に閉じられた。
クレアは細めた目で鴎の顔をじっと見たあと、無言で自分の隣をポンポンと叩いた。
鴎が腰を下ろしても、クレアはむっつりと押し黙っていた。
何か悩んでいるようだ。それが一人でいることと関係するのは疑いようがない。
「…珍しいね、クレアが一人なの」
隣から発される強烈なプレッシャーに耐えきれず、鴎は愛想笑いと共に話しかけた。しかしクレアの眉の間の皴は深まり、思いもしない地雷を踏んでしまったことに慌てるほかなかった。
「あの、あの、えっと、あの」
「あんたこそ何してんの」
おそらく、こちらにも弱みを見せることを要求しているのだろう。言葉の裏を察した鴎は、
「…僕が嘘つきなのかちょっと考えてて、そしたらクレアが一人で座ってて、何となく気になった」
話し終えても、クレアからの感想はない。鴎は辛抱して座り続けた。
「…あの子と一緒に廊下で話してたら」
前触れなく漏れた声に驚きつつ、鴎は動揺を顔の下に押し隠した。
「他の子たちに話しかけられて、私だけ青くなって黙ってたから、情けなくなって逃げた」
そう口にすると、クレアは両膝を抱え込んだ。先ほどよりこじんまりとしたシルエットに、また慍色の失せた物憂げな顔だけが残った。
鴎は思わずまじまじとその横顔を見つめてしまった。
いつになくおとなしかったのはそれが理由だったのか。
初めて作業をしたときの教室での青ざめようを思い出す。こちらが思っていたよりも、クレアのトラウマは深刻なようだ。
鴎は少し時間をかけて言葉を選んだ。
「話すと緊張するのかな」
「一人なら平気。あんたたち二人も、友達なら平気」
黙って耳を傾けている鴎に、クレアはゆっくりと心中を明かす。
「大人数と話すのはいい思い出がないから苦手。ていうか、知らない人と話すのは苦手」
「僕にはいきなり話しかけてきたのに」
つい口に出た言葉に、伝わってくる強張りがふっと緩むのを感じた。クレアは笑声の混じった声で、
「あんたは全然怖くなかった。新しい場所では明るくしようって意識してたけど、それを差し引いてもあんたは全然」
褒められているのか貶されているのか。
「どんな話だったの?」
「六城さんたちってやっぱり姉妹なの、って。せっかく話しかけられたのに…」
逃げ出してしまった。
口を閉じたクレアの後悔が、鴎には分かる気がした。質問は二人と打ち解けることを目的としていたのだろう。過去の経験からも、その女子たちに悪意がないことを理解しているからこそ、クレアは逃げ出してしまったことを悔いている。