二振りの刀
クレアがまた胸を張り腕組みをすると、腰に二つの鞘が出現した。どちらも漆色に輝くそれは、片方だけが明らかに短かった。恐らく脇差に属するものだろう。
何事かと鴎が見つめていると、その驚きを期待していたらしいクレアが、満足そうな笑みを浮かべた。
「これが私の“遺産”!」
宣言しながら右手で刀把を握りしめると、鞘口から吹きこぼれる炎と共に、勢いよく刀を引き抜いた。
「うわっ」
抜き出されたのは、鍛え抜かれた鉄の輝きを放つ刀だった。時折鍔から切っ先へ炎が走り刀身を覆う。その合間に銀色の光を発する刃に、のけぞった鴎の顔が映し出された。
「“緋染忠塚・改”!」
体の前に突き出された刀は、名前を呼ぶ声に応じるかのように燃え盛る炎に包まれた。
「な、なんなの?これ!?」
「ふっふ…」
型通りのリアクションがお気に召したらしく、不敵な笑みを浮かべたクレアは、そのまま三秒ほど固まると結の方へ振り向いた。
「解説よろしく!」
結はため息をつくと、
「…叔父の受け売りですが」
と前置きした。
「“青炭”という一度火をつけるとそのまま燃え続ける炭を、“千金忠塚”という非常に堅固な刀に埋め込んだものです。クレアの火を操る“命題”を補助するために作られました。燃える刀を振り回す人物が現れたらクレアだと思ってください」
ぼうぼうと火炎を散らす凶器を持ったクレアはひどく自慢げだ。結相手では物足りなかったのだろう。鴎に自慢できる機会を待ち望んでいたらしい。腰を抜かしそうなその様子にご満悦だ。
「はぁ…」
その誇らしげな顔を見ていると、リアクションをとったのが何だか馬鹿馬鹿しくなった。驚きが消え、呆れた色だけが残った顔で質問する。
「っていうか、いいの?こんな目立つもの学校で出してて」
「大丈夫大丈夫、“可能種”が三人以上集まってたら普通の人にはもう認識できないから」
「今二人だけじゃん」
鴎の指摘は聞き流され、クレアは刀を納めると今度は脇差を引き抜いた。
「こっちは“道引行灯”。火球を操作するのを手伝ってくれるんだって。いきなり火の玉が飛んできても私だから安心してね」
柄の端に房状の紐がついている以外には、目立つ装飾もない脇差だった。炎が噴き出すわけもない。
今度は波打つ刃文まで見て取れ、その目を奪う煌めきに、鴎は素直に関心を示した。
「へえー。きれいなもんだね」
「もっと見て見たい!?」
「そこまででいいでしょう、クレア。鴎君には十分伝わったと思いますよ」
大盛り上がりのクレアに対して、結の声は真逆の冷ややかさだった。
先ほどのクレアの言葉が、“遺産”を誇示したいが為のものだったと気づいたようで、心なしか視線まで冷たくなっている。
「…分かった?」
未練がましいクレアに頷く。目に見えて落ち込んだクレアが脇差をしまうと、腰の大小はいつの間にか消えた。
「私の方はまだ制御できていないので、見せるまでもありません。突然誰かが近づいてきたら私かもしれないとだけ言っておきます」
すると結はゆっくりとした動作で立ち上がった。
「そろそろ時間ですから、教室に戻りましょう」
クレアが横目を使ってくる。怒らせてしまったのではないかと不安になったらしい。しかし鴎にもどうすることもできない。
二人は黙って後についていった。
教室に着くと、女子たちの姿があった。
「どうだったー?そっち」
相田という生徒に話しかけられたクレアが、緊張で顔を青くした。
「一日目じゃまだまだ進まないね」
鴎は代わりに答えつつ、クレアに探る視線を送った。過ぎた真似だったかと懸念したが、クレアからは特に反応が無かった。
「そちらはどうですか」
結の質問を受けて、女子たちが話し始める。
そうしていると、男子の二人も教室に入ってきた。
「あ、ねえねえ」
女子の一人、クレアにも話しかけた相田が彼らに声かけた。
「原田君たちどれくらい進んだー?」
原田はもう一人の男子、小手川と顔を見合わせた。
「まあまあ」
「そこそこ」
「えー?ちゃんとやったの?」
「二人だけだと大変だろうけど、間に合うようにしてね」
「あー、まあいいじゃん。今日もう遅いし。てか、撮影までに終わらせとけばいいんだろ?」
鴎の言葉にもはいはいと首と手だけ動かして、荷物をとると教室を出て行ってしまった。
あとに残される形になった六人も、しばらくすると自分の席へ向かって動き出した。
「大丈夫かなー、あの二人」
帰り際に誰かが愚痴っぽく残した言葉は、そのまま鴎が考えていたことだった。