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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
戦場の支配者
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忘れたころに

 迎えた放課後、鴎は大道具製作チームでの話し合いの場にいた。一年時はほとんどの生徒が何かしらの運動部に入っているので、集まった帰宅部の人数はそれほど多くなかった。


 鴎と結にクレアの他には、男子が二人、女子が三人だ。それぞれ友人同士で同じ希望にしたようだった。


 大道具として作らなければいけないものは三つ、背景の城、カボチャの馬車、シンデレラの家だ。問題はこの全員で一つずつ取り組むか、別れてそれぞれ分担するかだが、


「人数ちょうどいいし、男子、女子、女子でよくない?」


 皆考えることは同じで、親しい友人と緩い雰囲気の中で作業をしたいのだろう。男子たちは言われるまでもないという表情で腑抜(ふぬ)けた声を出す。


「よくねー?」

 

 同意を求められた結はクレアの顔に視線を()ったあと、体も表情筋もカチコチに固まっているのを確認し、頷いた。


 このままだと男子チームに放り込まれてしまう、と理解した頭が、マズい、と信号を発した。

 鴎は咄嗟に「女子人数少ないけど大丈夫?」、と声を出した。


「鴎かっこいい~」

「男気あるわ~」


 男子、小手川と原田が冷やかす中、鴎は黙って結の顔を見た。  

 結は鴎の瞳から(すが)るものを読み取ってくれたらしい。


「なら、一人お手伝いをお願いできますか」

「じゃあ言い出しっぺの鴎で決定~」


 今井がにやにやと笑いながら鴎を見る。

 男子にとって、知らない女子二人に囲まれて作業をするのは罰ゲームに等しいので、二人が嫌がること、そして鴎に押し付けようとすることは想定通りだった。

 ガッツポーズをしてやりたい気分だったが、鴎は大人ぶって、「まあ、じゃあそれで」、と短く答えた。

 面白くない、と言っている二人の目も気にならない。


 その後も少し話は続き、カボチャの馬車を女子チーム、城を男子チーム、シンデレラの家を結たちが担当するとして班分けがされた。もちろん鴎は結の班だ。


「それじゃあ一時間たつまで各自で作業する感じで~」


 その言葉を合図にそれぞれ材料を取り散らばる。段ボールや紙を持つ鴎と、ハサミやノリを持つクレアに、

ペンを持ったクレアが提案する。


「空いていたら屋上への階段で作業しませんか?」

 

 最上階は三年生の教室が並んでいるが、彼らは少数の有志以外出し物をしないので、おそらく空きスペースは多い。

 そこなら教室へ入っていった女子グループとも、校舎を移動していた男子グループとも作業場所が被ることはないだろう。


「うん、いいよ」

「どこ?そこ」

「これから行きます」

 

 まだ構造を把握していないらしいクレアも、首を傾げながら二人の後に着いてくる。

 そしてたどり着いた屋上前の階段には、誰の姿もなかった。


 長らく人が訪れていなかったらしい埃まみれの床を目にすると、結は無言で立ち止まった。

 

 運動部の掛け声が微かに届くとはいえ、ここの空気は学校という形態から遮断されている。授業中であろうと放課後であろうと、生徒たちが立ち入ることの無い空間だけに許された穏やかさには、脅かされることなく積み重なった時間の層がある。

 誰もこの場所を使っていないのは、この汚れ具合も理由なのだろうが。


 そんなことを考えていると、結から軽い圧が発せられ、塵やごみは隅の方に集まった。


「叔父には内緒でお願いします」


 すぐ後ろにいた鴎に向かって小さな声で(ささや)いた結は、階段に座った。その隣にクレアが座ったので、鴎は床に座ることにする。

 材料や道具を並べ、いざ作業を始めようという段になって、何か詰め込んだように口をいっぱいにしていたクレアが、一つ息を吐いた。


「ぷはー」


 気の抜けていた鴎は、小動物()りの肝の小ささで、その音に肩を震わせた。


「どうしたの」

「…なんでもない」


 これだけ近いと周りの人間にはどうしても聞こえる大きさだったが、クレアの仏頂面はそれが本意ではないと言っている。

 どうやら触れるなと言うことらしいと察した鴎は、沈黙を選んだ。

 しかし結が時折見せる無頓着(むとんちゃく)さは姉妹にも適用されるらしく、ずばりとクレアの堅苦しさを言い当てた。


「緊張していたんですよ」


 鴎は目を丸くしてクレアを見る。事実のようで、怒ったようなふくれ面をしているが、頬には隠しきれない紅潮がある。

 確かに先ほどは固まっていたが、クレアが物怖じしているのを見たことが無いので、てっきりトイレでも我慢しているのかと思っていた。


「なんで緊張なんか」

「…大勢だったから」


 大勢というほどの人数ではなかったが、要するに複数人の目に(さら)されるのが苦手なのだろう。

 鴎から逃げるように画用紙に落とされた青色の目は、過ぎ去ったにも関わらず彼女に暗い影を落とす記憶の群れを見ている。

 反応できない鴎だったが、道具を漁っている結の、


「卒業までに克服したいですね」


というのん気な声に救われた。

 二人にとってはこんな軽い調子で触れられる問題なのだ、と思ったからだ。


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