ちょっと男子ー
そして金曜日の放課後、鴎の提言が採用され、劇はおとぎ話のような知名度の高いものから選ぶことになった。そしてクラスから出た案にまた投票が行われ、シンデレラに決まった。
今はどの役を誰が担当するかの話し合いが行われている。他にやりたがる人もおらず、当人たちも望むところだったので、仁はシンデレラ、剛史は継母にさっさと決まり、教室の後ろで鴎と一緒に皆の様子を眺めていた。
「シンデレラってさ」
「あ?」
「かわいそうだよね」
「かわいそう…」
「グスン…」
本当なら親しいはずの家族に虐げられ、頼る相手のいない環境。自分ならどうしていただろう。
「大変だぞ、後ろ盾もなしに王室に放り込まれて」
「テーブルマナー間違えたりして王子に惚れてた貴族の女に笑われたりするんだろうな」
「そこ?」
まあありえない話ではないが。
「でも舞踏会に参加する家柄だからそういう教育も受けてるんじゃないの?」
「シンデレラは家事ばっかりしてたんだぞ。多分ナイフが右手でフォークが左手なのも知らないだろ」
「いや、結局参加できない会食の作法を教える嫌がらせも受けてるだろ。『お母さま、シンデレラったらソースをこぼしてしまっているわ』『あら、そんなことで本番はどうするのかしら』」
「『嫌だわお母さまったら、シンデレラには給仕をさせるおつもりのくせに』『あら、オホホホ』」
シンデレラと継母のくせに息ぴったりだ。
「やっぱDVの嵐も吹き荒れてたんだろうな」
「お前ら親に殴られたことある?」
「ないよ」
「ガキの頃親父の顔の前で屁かまして笑ってたらどつかれたことはある」
「なにしてんの?」
「俺が最近便秘気味なのはそのせいじゃないか?」
「知らねえよ」
「不発弾並の潜伏期間だね」
「ガキつっても小6とかだからそこまで時間たってないけどな」
「なにしてんの?」
視線を黒板の方に戻すと、今は王子役を誰にするかで揉めている。
「男子がしてよお」
「シンデレラも家族も魔法使いも全員男なんだぞ」
「だったら今更一人や二人変わらなくない?」
「殺人鬼みたいな理屈こねるな!」
ちなみに、座っている連中が喋り出したのは、王子以外の長台詞のある役が粗方男子で決まり、これ以上男子からは選ばれそうにない状況になってからだ。
あまりはしゃいでやり玉に挙げられ、役を押し付けられるのを避けるために皆黙っていた。悲しいくらいに小物じみている、と鴎は思う。
男子も意気地なしばかりだが、女子も引っ込み思案の子が多い。シンデレラの王子と言えば主役級なので、目立つのが苦手な子が嫌がる気持ちは理解できるが。
「決まらないねえ」
「お前やれよ」
「いや、その、僕は、その」
「モニョってんじゃねえよ!」
鴎も意気地なしの一人なので仕方がない。
それを聞いていた近くの女子がひそひそ話をしている。
「鴎くんは王子って感じじゃないよねえ」
「うん、あんまり覇気無いしね。どれか選べっていうならシンデレラだよね」
「ムードよくてもShall We Dance?なんて言えなさそう」
鴎が女子からの評価に少し落ち込んでいた所、いつまで経っても誰も名乗りを上げないことに業を煮やした委員長が立ち上がった。
「ちょっと男子、誰かやってよ」
「なんでだよ」
「だから王子まで男だと男が多すぎるんだよ、逆宝塚だぞそれじゃ」
「宝塚と言えば、委員長は凛々しい美形だし、宝塚タイプだなー」
これまで進行も放棄して沈黙していたのに、突然迫が喋り始めた。その意図を瞬時に把握した友人たちが乗っかる。
「確かに名女優の気品があるよ!」
「輝くオーラが見えますわ、私には」
「完璧なプロポーションと犯罪的な美貌、映像として伝えなければ俺たち後世に恨まれちゃう」
「演技うまそう!」
「バカまだはえーって」
「おだてるにしたってもうちょっと頭使ってほしいんだけど」
そう言う割にまんざらでもない様子で髪の毛を指でくるくるといじっている。
「とにかく、このままだと放課後まで時間が延びるじゃん!」
「じゃあ、委員長がやれよなあ」
「そうだよ、言って見せ、やって見せ、褒めてやらねば人は動かじ」
「こういうのちょっと違うとムズムズするわ」
自分は選ばれないと決めつけた男子たちが、完全に脱線した無駄話を始めた。
池上はムッと眉を吊り上げると、手を挙げながら佐藤に向かって、
「じゃあ私がします!王子役、立候補します!」
「おおー」と歓声が上がる。
「流石は我らが委員長」
「王子様気質ですわ!」
「誰のせいだと思ってんの!?」
飛び交うヤジに苛立ちを見せながらも、挙げた手は下ろさなかった。
偉いなあ、と鴎が思っていると、隣の仁が何とも言えない顔をしている。
「どうしたの、仁」
「俺池上ちゃん苦手なんだけど…」
「向こうもだろ」
「前かわいいって言ってなかった?」
「アイドルだって実際会ったらうまく喋れないだろ」
「知らん」
「ていうか苦手って意識しちゃうってことなんだ」
「結構可愛くね?」
妄想を堪え切れない緩んだ顔がこちらを向く。
「シンデレラってキスするっけ?」
「俺と?」
「したかも」
「違うだろ!」