ベッド派
「…鴎くんに聞いてもらうと」
いつもの調子を取り戻しかけている声が電話越しに届いた。
「すごく悩んでいたことでも、ふっと軽くなります」
空元気に聞こえないのは思い上がりだろうか。思い悩んでいたであろう悲痛な記憶を結が明かしてくれたこと、楽になったと言ってくれたことが嬉しかった。
「僕に限った話じゃないよ。相談するってそういうことだよ」
自身、特段話術に優れているなどとは思っていない。結と話した後は、もっと情味のある言い方は無かったかといつも考えてしまう。
しかし結からは「そんなことないと思います」という芯のある声が返ってきた。
「叔父と話してみます」
「うん」
「明日直ぐにというのは難しいですが…」
「うん、急ぐことないよ。頑張って」
どこかいじらしい声に、自然と励ます声が出た。
結ははにかみながら「はい」と答えると、穏やかになった声音で、
「私、鴎くんに助けてもらってばかりですね」
「いやあ…」
鴎は苦みの混じった笑みを浮かべた。
これに至っては、謙遜する気にもなれない。結の苦境に立ち会う度に、歯がゆさの中に身を置いてきた身としては、助けられた記憶はあっても、彼女を助けたという実感は思い出せなかった。
「助けてればいいんだけどね。いつも何もできてないし。ほんとはもっと力になりたいけど」
「どうしてですか?」
調子に乗って喋っていたら、予期せぬ質問に思考が停止した。
どうして結の力になりたいのか。最初の頃の同情だけでは、もう説明がつかない。
ずっと見て見ぬ振りをしてきたが、答えはこの間の夢でもうはっきりした気もする。
しかし、人間きっかけもなしにそう大胆にはなれない。
鴎が選んだのは情けなくなるほど無難な答えだった。
「だって友達だもの」
「なら私も鴎くんの力になりたいです」
即座に放たれた力強い声音を耳が捉え、それを認識した頭脳が鴎の嘘を無言で批判する。
結はまっすぐに答えてくれたのに、自分はどこかから借りてきたような、それも本心ではない言葉しか出てこなかった。
「顔が見えなくても何だか照れますね」
口を閉じていると、恥ずかしそうな結の声が聞こえた。
「そうだね」
淀む話し声は、鴎も照れているからだと思われたようだ。お互い息をひそめる数秒が過ぎると、結は携帯を握り直し、
「話を聞いてくれてありがとうございました、鴎くん。それではまた明日」
「うん、またね」
鴎はスリープモードになった携帯を机に置くと、ベッドに頭を置いてしばらくそうしていた。
もっとましなセリフを言える日が来るのだろうか。
いくら過去を振り勝っても、来ると断言できる根拠がまるで見当たらなかったので、今日はもうそれ以上悩むことはやめた。
ふと思いつく。女の子と夜中に電話をしたのなんてこれが初めてだ。
その相手が結だったと思うと、何だか頬が緩みだした。
寝る準備をしに洗面台へ向かった鴎は、鏡に映ったにやけ面に自分でも気色悪さを覚え、無理やりにしかめ面を作った。
そうして、むしろより一層奇妙な表情を浮かべたままベッドに入った。