お悩み相談
既に語った恥部ではあるが、もう一度触れるのは避けたいという思いも、こう切実な声を出されると屈するほかない。
「…僕と父親は、本当に会話しないし、どっちもなるべく一緒の空間にはいないようにしてる。僕の基準はそういう僕の家庭なんだ。だから結たちの仲が悪いとは思わなかった。でも、どっちも遠慮してるみたいだとはよく思う」
鴎は進路に関して、父親と大喧嘩をした後、気まずいままの関係が続いている。思い出すときの不快さも、そう感じる自分の幼稚さも、未だに友人たちにも話す気にならないことだが、結にだけは伝えていた。
はっきりとはしない思考の中から、伝えたい言葉を取り出す。
「庵さんは結のこと、名前で呼ばないし、結も叔父ってだけだし。なんていうか、高校で出来た友達をどう呼べばいいか、どう話しかけたらいいのか分かってないときみたいだなあ、って」
「…わからないんです」
ぽつねんとした印象の声に、この子はつい最近まで独りぼっちだったのだと思い出す。
「あの人に何て言えばいいか分からない。怖いから」
「…どうして?」
「私のこと、どう思ってるのかよく分からない。ずっとちゃんと話してないんです。お母さんが死んじゃって、お葬式が終わってから」
結の母親が亡くなってから10年ほどだと聞いている。たった一人残された肉親と、10年碌に話せていなかったのか。
「昔はそんなことなかったんです。お父さんのことは苦手だったみたいだけど、私と遊んでくれるときはすごく優しかった。でも、お母さんが死んじゃったときにお父さんにすごく怒ってて、佐久間の家を滅ぼしたのもその時期です。私、一緒にいるのが怖くなりました」
滅ぼす、という言葉が、急速にリアルな風景と感覚を持ち始め、鴎の心胆に重くのしかかった。殺した、ということだ。きっと何人も。
「そんなときに親戚の人に言われたんです。庵君は君のお父さんが大嫌いだから、君のお母さんを守れなかったお父さんが大嫌いだから、その子供の君も嫌いなんだよって」
「…なんだよそれ」
両親をいっぺんに亡くした子供に掛ける言葉ではない。配慮の不足がどうとかではなく、結を傷つけようとする悪意がある。
ぞっとしたばかりだというのに、ここでは庵の肩を持ちたくなった。
「そんなの言いがかりだよ」
「…わからない。何も。その後叔父さんは親戚を一人残らず六城家から追放しました。私があの人たちに何て言われてたのか気づいていたのかもしれないし、気づいてなかったのかもしれない。あの頃から、ちゃんと顔を合わせてくれなくなったから、よく分からない」
ぎゅっ、と布を掴む音がした。根拠はないが、結は膝を丸めて、抱え込んでいるのだろうと思った。
「私のこと、嫌いになったわけじゃないって思いたい。だって、話してくれなくても、いなくなったりしなかったから。でも、分からないから、何にも」
言葉が途切れがちになり、やがて止んだ。そこで間を置かせず、鴎は、
「庵さんは結のこと嫌いになんかなってないって、僕もそう思う」
いつものように、何も思いつかない、なんて言っていられない。
「話してないから全部は分からない。結と同じだよ。でもね、嫌いだったら、雨の日に車で迎えになんて行かないし、死なせないための稽古をつけたりしないよ。少なくとも僕ならそう。だからそう思う。多分、庵さんもどう話したらいいか分からなくて、困ってるんだよ」
静かな息遣いが聞こえる。そこに含まれる不安の色が少しでも薄まってほしい。
「本当に…?」
「本当に思ってる」
意地でも、ここだけは震えさせない。はっきりと言い切る。
今度の無音は、結が自分なりに落としどころを見つけるための時間だったので、鴎も黙って待っていた。