呼び出し
「一番、なの?」
「実績から判断すれば間違いなく一番です。“可能種”が“近縁種”と対峙するとき、基本的に特別な訓練を繰り返した専門の集団で当たります」
鴎の、そうなのか、と確かめる目線にクレアが頷く。
「ハーパー家には二人の二つ名持ちがいたけど、どっちも部隊で挑んでた。それでも、私の保護者じゃない方は全滅しかけて、それからおかしくなってたらしいけどね」
さらりと語られた壮絶な話に、鴎は飲み下した唾が石になった気がした。
「日本の二つ名持ちは叔父を含めて三人ですが、叔父以外の二人は集団で戦いを挑んでいます」
「じゃあ庵さんは…」
「一人だったわけ!?」
クレアは呆れ顔で鴎の言葉を引き継いだ。
「叔父は、“近縁種”の中でも高位の白虎に一人で勝利し、その“遺産”を手に入れました、これははっきり言って他と次元の違う、一線を画する強さです。実際に、叔父は十年前の大きな争いで佐久間という一族を滅ぼしました。このときも一人で、です」
「この間の水野ってもしかしてその関係者?」
「はい、水野家は佐久間家の分家です」
鴎はあの男、水野和助の顔を思い出した。彼の狂気に蝕まれているとしか思えない振る舞いは、その体験がそうさせていたのだろうか。
喋り疲れた様子の結は、
「これ以上長い説明は避けますが、私と叔父だけだった六城家は、本来他家に飲み込まれていない方が異常なんです。その異常を引き起こし、保ち続けているのは、単独で一つの血族を滅ぼし得る“虎伏せ”の存在です。ですから、叔父は不意打ちの可能性もある戦場へ簡単には足を運べません」
「それだけ?」
「他にもあります。でも、今話せるのはこれだけです」
「ふーん」
クレアはしばらく考え込むと、やがてストローでコップの中をかき混ぜながら、口を開いた。
「私はてっきり、あんたらの仲の悪さが原因だと思ってた」
「そういうわけでは…」
氷が鳴る音は、結の言葉を嘘だと断定しているようだった。
「鴎もそうでしょ?」
指摘の通り、薄々感じていたことだ。仲が悪いとは言わないまでも、二人の間にはそう軽々しく触れられない溝があり、結の叔父呼びからして今でも続いている。
しかし、デリケートな問題だということが頭にある鴎は、クレアの様には踏み込めず、結の目に見据えられるまでは首をどうとも動かせなかった。
「そうなんですか?」
「うん…」
この黒々とした瞳には嘘を取り繕うことも出来ない。
「どうしてぎくしゃくしてるのか。それも今は説明できない?」
無遠慮にも思えるクレアの態度は、出会ってからの二か月間で、互いが特別な存在になった事実に裏打ちされているのだろう。だから結も、端から拒絶するのではなく迷っている。
ひょっとしたら、クレアが気になっていたのは、聞き出したかったのは、最初からこちらの方だったのかもしれない。
ふと鴎は、これでいいのだろうか、と思った。クレアに促されるままに答え、結が話してくれるのを待っている。それで、自分は彼女に誠実だと胸を張って言えるだろうか。自分が彼女を信頼し、信頼してもらえたのは、心の内を伝えたときだった。今回は違うのだろうか。
「あの、僕は」
二人の視線が集まる。
自信など持っておらず、胸を張ることはできないかもしれないが、目を見て話したかった。
「僕も、結から聞きたい」
そうして真っすぐ向き合った先には、ひどく揺れる瞳があった。普段の大人びた姿に忘れがちだが、出会ったころと変わらない、まだ自分と同じ歳の女の子なのだと思い出す。
二人の思いを、一旦視線と共に胸に落とした結が、また口を開こうとしたとき、場にそぐわない電子音のリズムが響いた。
全員が一斉に荷物を漁り、結が自身の携帯を取り出した。
「…はい…はい、少し休憩を、はい、直ぐに戻ります…はい、では」
通話を切る音が、鴎と結との間に通じかけていた何かも断ち切ってしまった。
「叔父からです、もう帰らないと」
苦い顔で荷物を纏めるクレアの横で、結が自身もリュックを持ちながら
「ごめんなさい鴎君、お願いのことは帰って訊いておきます」
「あ、うん、お願い、します」
「じゃあね!」
去り際に黒髪が振り返り、もう一度目が合うかもしれないという淡い願望は、ドアベルの鳴る音に消え去った。慌ただしく出ていった二人の背中を、鴎はただ座って眺めるだけだった。
氷の崩れる音が、今度は間抜けに聞こえた。