近縁種
そんな疑問を持つのも無理はなかった。江袋高校に入学してから二度訪れた結の危機、鴎はいずれも最初から最後までその場にいたが、庵が姿を現したことはなかったのだ。
てっきり怪我か何かで激しい運動は難しいのかと思っていた。
しかしクレアは、鴎の考えを頭から否定した。
「戦えるどころか、二人でも子ども扱い、いや、赤ん坊扱い」
日頃の強気からは考えられないクレアの発言に、鴎は確かめる目を結に向けかけたが、そうするまでもなく、肯定する声が返ってきた。
「そうですね」
「そうなんだ…」
そこから連想した疑問を、鴎は口にせずにはいられなかった。
「じゃあ、どうしていつも結だけで戦わせてたの?」
結の困り眉を見て、言い方に配慮が足りなかったと気づいたときには、クレアが重ねていた。
「それ、私も気になってた。あの人生半可な強さじゃないでしょ。こっちで何て言うの?あれは…」
「…二つ名持ちです。分かるんですか」
「うん、私の向こうの保護者もそうだったから」
結は、また置いていかれた鴎に気づくと、
「鴎くんは“万能種”の話を覚えていますか」
「覚えてるよ」
結たち“可能種”の祖先。体を二つに分ける程の傷さえ一日で快復し、一跳びで川を渡ってしまう彼女たちすら及ばない、凄まじい力の持ち主。しかしいつの間にかその姿は消え、子孫である”可能種“だけが残った、と聞いた。
「実は、私たちの祖先が“可能種”と呼んだのは自分たちと同じ人型だけですが、その他にもヒトではない形をとった超常の存在がいました。実態を持たない、いわゆる幽霊であったり、妖怪であったり」
「あと竜とか妖精とか。普通の動物もいたけどね。犬だったり、猫だったり」
「“近縁種”と呼ばれる彼らは、“万能種”がその姿を消していくのに対して、数を減らしながらもこの世界に留まっていました。今クレアが言ったような伝説の存在には、“近縁種”を示すものも多いです」
「…その、動物の姿で、”万能種”の力を持ってるってこと?」
「大体そういうこと」
そんな説明を聞くと、男子高校生としては素朴な問いと興味が湧く。
「今もいるの?竜とかが?」
「どうでしょう、日本では分かりません。彼らもほとんどがこの世界を去ってしまいましたから。確かなことは、希少であり、途轍もない力を持っていることです」
「結たちみたいに?」
「いいえ、鴎君。彼らは“万能種”にとっての“近縁種”であって、私たち”可能種”にとって、ではないんです。そこには天と地ほどの差があります」
「会ったばっかりのとき、“命題”の話したでしょ、一族ごとの目標。あれは“可能種”が力の切れ端だけでも“万能種”に追いつくことを目指してるの。全部なんておこがましい、私たちにとってそれくらい縁遠い存在、の近縁、が”近縁種”」
話の規模が掴めず、どう返事をしたらいいのか分からない。そんな鴎の当惑を余所に、二人の談義は続く。
「ですから、“近縁種”を打倒するほど強大な“可能種”は、別格の存在として扱われるようになるんです。同時に、多くの人から名前ではなく、”近縁種”にちなんだ二つ名で呼ばれるようになります。そこには、“近縁種”を倒すほどの力と、戦利品として得た、これも破格の能力を有する“近縁種”の“遺産”への、畏怖と憧憬が込められています」
「本体がとんでもなければ、その“遺産”もとんでもないからね。私の保護者は竜を倒してたから“竜狩り”」
「叔父は白虎を征した“虎伏せ”です」
「…白虎って、あの!?」
ようやく聞こえた既知の単語に、過剰な反応をしてしまう。そう詳しいことは知らないが、ゲームや漫画などで見聞きする、あの白虎だろうか。
「伝説ですから鴎君の想像と全て同じではないでしょうが、大方合っているはずです」
「それで、そんなに強いのになんであんただけに戦わせてるの?」
当初の疑問に立ち返ったクレアに、結は逡巡の宿った瞳で応じた。
「…叔父は、二つ名持ちの中でも特別なんです。日本で今一番強い“可能種”は叔父ですから」