仕込み
「じゃあ、意見はこれで締め切りでいい」
ですか、と言い終わる前に、仁が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
「はい!」
教室中がぎょっとした目で仁を見る。元々目立つことに抵抗のない仁は、そんな視線を意に介さず、ピシリと腕を突き上げる。
「演劇がしたいです!」
一瞬静まった後、一斉に生徒たちが喋り始めた。
「演劇って…」
「俺らができるの?先輩で埋まるんだろ、ステージの使用権の枠」
「てか、何で?」
「まーた大寺がふざけてるよ」
突然の大声に困惑していた佐藤だったが、とにかく仁の提案を黒板に書こうとチョークを手にしたとき、背後から響く一際大きな声にまたビクリと肩を跳ねさせ、停止した。
「演劇はないわ!」
声の主は剛史だ。
「君たちの仲がいいのは周知の事実?」
「まぁ…」
「クラスだと、みんなそう思ってると思います」
「じゃあ、最初に仁くんが、演劇をしたいって意見を言ったら、剛史くんが反対してね」
「俺が?」
「うん、そのときのために、反対理由をこれから考えよう」
「剛史には反対させちゃうんですか?せっかくの一票なのに」
「事前の話し合いと投票での選択は違っていたって問題ないだろう?最終的には、剛史くんは演劇派の意見に納得するわけだからね。それに、こういう場合つつかれやすい点を敢えて身内に指摘させるのは常套手段だよ。反論を予め考えておけるから。友達の剛史くんに言わせることにも意味がある」
「どうして演劇がないかって言うとなぁ!」
カンペを読んでいる訳でもないのに何故あんな喋り方になるのか。鴎は、とにかく剛史がとちらないことを祈りながらその横顔を注視する。
「まず、準備が面倒だ、おまけにステージを使えるクラスは限られている」
「準備が面倒なんて、他のも同じだろうが。ステージは駄目だったら変えればいいだろ。室内展示の案は出てるし、そのために時間は用意されるんだから」
仁の言う通り、どのクラスも、今日の話し合いで室内展示に関する提案は行われるものなので、枠が使えない事態になっても、後日に設けられた短い時間でさっさと決まってしまうものらしい。
「あのなぁ」
仁はそこで大きく身を捩り、剛史の方を向く。これは明らかに、委員でもない二人の議論が始まりかけていることを示す身振りだ。
鴎はちらりと担任の反応を観察した。幸い、教諭は椅子に座ったまま成り行きを見守る構えで身じろぎもしない。
先ほどクラスが無駄話をしていたときの様子から見て、求められるまでは生徒に任せるスタンスだと判断したが、それは正しかったようだ。
教師はこの議論に口を挟んでこない。これから文化祭での活動という本筋から離れて、演劇の話題に終始する以上、そうでなければ困る。
「そもそも、めんどくさいから簡単なのにしようってのが論外なんだよ。さっきも言ったけど、どのみち準備なんかどれもめんどうだろうが。学校に遅くまで残って、家に持ち帰る仕事まであって。だったらめんどうでも面白い演劇がいいだろ」
「劇の方が面白いかは人それぞれだろうが」
「いいや、断言するね。劇の方が俺たちにとっては面白い」
「その理由良いね、仁くん」
「え、そうか?」
「えぇー?そうか?」
「文句あんのかコラ!」
「客観的ですか?」
「いや、そうでもないけど、自信たっぷりなのが何よりいい。大きな声で力強く断言されると、人は思わず頷く、仁くんの声と話し方にはそういう力があるよ」
「ふーん!だってよお前ら!?」
「うーん…?」
「だって室内企画って見せる人のためにするけど、劇はぶっちゃけ一番楽しいの、俺らだろ」
「そうか?」
「考えてみろよ、日に何時間も他のやつのために作業するのと、自分らのためにするの、どっちがいいか」
鴎としては前者も悪くはないと思うが、仁の語気は後者が良いと皆に言いたげだ。
それに対して批判も同意もしないまま、しかし、それはそうだと認める雰囲気を語気に漂わせながら、
剛史は論点を変えた。
「でもな、やっぱり劇をステージでやるのは反対だ」
「なんでだよ」
「解決できない問題がある」