アイデア
「でも、大きな問題があるよね?」
真っ先に思いついた懸念について、鴎が二人の考えを聞こうとすると、剛史がちっちっ、と舌を鳴らしながら人差し指を振った。
「なめるなよ、それくらい解決した上で粉かけてるに決まってるだろうが」
「粉をかけるの使い方おかしいよ」
薄い不安の雲が胸中に広がるが、剛史は尊大なくらい大きな態度で、事前に話を聞いているらしい仁はふんぞり返っている。そんなにいいアイデアを思い付いたのだろうか。
「確かにな、演劇をステージでやるなんて、うちの連中は反対する。全校生徒にリアルタイムで晒されるのなんて耐えられないシャイなやつばかりだからな」
「うん」
「だから、事前に動画を撮って、文化祭ではそれを流すだけにするんだよ。そうすれば全校生徒に見られながら演技することにはならない。緊張屋さんも取り直しができるし、当日の仕事は精々交代で再生係するだけだ。これなら皆文句ないだろ?」
「へぇー…!」
確かに、それなら多少なりとも演劇に対する心理的負担は軽減されるかもしれない。というより、そう聞こえる。ステージの枠争いに参加する必要が無い上に、皆を説得する材料にもなる。
鴎の感心した声に、二人はドヤ顔を強めた。
「ぶっちゃけ扱いとしては室内展示だし、俺らが考えたんじゃなくて前例があるんだけどよ、それって俺らも出来るってことだろ?中々ナイスアイディアじゃね?アイディアじゃね?」
仁の自信たっぷりな声に頷きかけ、鴎はいいや、と首を横に振る。
「いや、あのさ二人とも」
二組の眉が曇る。
「なんていうか、それって室内展示じゃなくて演劇をするか、ってときに、まぁそれならいいやって妥協案で、それだけじゃ皆を演劇をする気にはさせられないでしょ?」
鴎が言いたかった問題は、クラスメイト達が積極的に演劇を選ぶとは思えないことだ。
人前に出るのが恥ずかしい、面倒な作業をしたくない、それぞれ異なる理由で、しかし皆同じように室内展示を選ぶはずだ。そのクラスの流れをどうやって自分たちの希望に寄せるか、それが問題なのだ。
鴎の指摘に、二人はまた顔を突き合わせると、唸り声をあげて考え始めた。
しばらくすると、仁が重い口を開く。
「…まあ、モテるとかなんとか言っときゃ男連中は誤魔化せるだろ」
「そうだな。男子高校生の行動原理なんか八割女の子だって研究結果もあるだろ多分」
「後の二割は?」
「飯と睡眠」
「今猿の話してないよ?」
第一半分は女子なのだ。企画は最終的に投票で決められるはずだが、票全体の内半数にしか、そして本当に通用するのかも分からない理屈だけで臨むのは、
「一夜漬けくらい無謀だよ」
「俺保健体育は一夜漬けだわ」
「俺も、けどなんか成績いい」
「俺もだわ!」
馬鹿笑いしている二人に、こっちがため息をつきたくなる。とはいえ、鴎もそう良い考えが浮かんでいるわけではない。
「その前例のクラスは?参考にならないの?」
剛史も鴎と一緒に仁へ視線を送る。察するに仁がボクシング部で仕入れた話らしい。
「ならねえだろ。やる気あった二年の有志が、ステージ枠とれなくて悔しがって始めたらしいから、俺らとは土台がちげぇよ」
増々どうすればいいか分からなくなった。三人とも、崖を転げ落ちるように低くなる音程の声を絞り出しながら、腕組みをして考える。
自分たちではそうそう簡単に思いつかない。となれば、誰かに知恵を貸してもらうべきだが、そんな相手に心当たりがあるかと言うと…。
「…あ、伊那さんに相談してみない?」
「伊那…?」
「誰だっけ…?」
「ほら、公園の、バスケ教えてくれた」
伊那は、以前鴎たちがバスケットをしていた際に知り合った成人の男性だ。そのときはシュートフォームのコツなどを教えてもらい、その後も何度か相談をした。鴎は夏休みにも会っている。
「あぁ、おっちゃんね」
「住所氏名及び職業不詳のな」
「…うん、まあ」