説得
実は日曜日、鴎が家でダラダラと怠けていると、仁と剛志から呼び出されていたのだ。二人とも部活の休みが重なったので、昼食を一緒に食べに行くことになったらしく、それに鴎も誘われた。
食べ終わって店を出ると、剛史と仁が揃って鴎の方を向いた。
「鴎」
仁が見たことが無いほど真剣な眼差しでこちらを見ている。心なしか空気がピリピリとひりつきだした。
「えっ、何、急に…」
「鴎」
剛史も同じだ。いつもは二人とも下品な考えが丸わかりの濁った眼をしているのに、今日はやたらきらきらとしている。それはそれで気味が悪い。
「だから何?」
「15歳の文化祭は、人生で一度きりだ」
「うん」
「そして俺たちは15歳だ」
「三段論法?」
「いいのか?」
「何が?」
「その一度きりの文化祭で、お茶を濁すようなしょーもないことして、それでいいのか?」
「…?」
何が言いたいのかよくわからない。
もの問いたげな鴎に、二人は血の巡りが悪い奴だとばかりにため息をつく。
「二組、どうせ自分の好きな写真撮ったり、落ちてた珍しいゴミ拾って、それ飾って終わりとかだぞ」
「もっと…あるだろ!なんか、文化祭らしいこと!」
「あぁ…」
要するに、せっかくの文化祭だから何か派手なことをしたいらしい。つまり演劇を。
こういう行事で変に冷笑主義でないのは二人の良い所だと鴎は思う。ただ、気持ちは完全に温い企画に傾いていたので、そう言われても突然切り替えるのは難しい。
「うーん…」
「鴎!」
ボクシング部の仁に肩を掴まれると、迫力に思わず後退りする。
「どっちが楽しいか、よく考えろ!」
「どっちが楽しい?」
暑苦しい顔に若干引きながら、鴎は繰り返す。
「何となくだるいし、面倒だからって、ここで簡単な方に逃げてみろ!俺たちに待ってんのは、お前の家で遊び始めて二時間くらいたったときのあの感じだけだぞ!」
剛志が指しているのは、座って騒いだりふざけたりして時間が経過した後の、動いた口と頭は疲れていても、何もしていなかった体は不満を訴えるあの感覚だろう。
鴎自身は、正直気怠さとじれったさの同居したあの感覚は嫌いではない。ただ、心の底から楽しいことに熱中していられるのが、室内展示と演劇のどちらかと言えば、
「おら!答えろ鴎!」
柔道部の剛史に羽交い絞めにされる。興奮してのぼせた剛史の体温が自家に伝わってきて大変鬱陶しいが、鴎はそんなことはそっちのけで、もう一度先ほどの言葉を繰り返した。
「どっちが楽しいか…」
何となく、頭の端に、あの黒髪が浮かんだ。きっと彼女は、写真撮影だろうが、ごみ拾いだろうが、真剣に取り組んで、そこそこ楽しむだろう。しかし、そこそこでいいのか?
文化祭に力を割ける機会は、精々二度あるかないかなのに、貴重な一度目を、それなりに楽しかったね、で終わらせて、それでいいのか?
「…」
どうせなら、あの女の子がまた笑っているのを見られるような、心の底から楽しめる選択の方がいいのではないか?
「これは言いたくなかったけどな鴎、実はお前には断れない理由が二つあるんだ」
鴎の長い思案が、望まぬ方向へ進んでいるが故だと解釈した仁は、僅かに引きつった笑みを浮かべて告げる。
「一つ目はな、さっき俺のあげた餃子を食ったこと、二つ目は、さっき剛史があげたきくらげを食ったことだ」
「…それを二つに分けるのはせこい」
「うぐっ…!」
「ほら見ろ、俺は言ったろうが!」
「うるせえ!お前がケチってきくらげなんか寄こすからだろうが!チャーシューならうまく行ってたわ!なあ鴎!チャーシューなら…」
「でも、やろう」
「えっ…?」
「どうせなら、全力じゃなきゃいけない方をやろう!」
肚を決めた鴎の大きな声に、剛史と仁は顔を見合わせる。
「あ、おう」
「そうだな、うん」
「なんでそこでちょっと引くんだよ…」