火曜日
幼稚園児も鼻で嗤う、レベルの低い言い争いをした後、プンプンしている鴎に見送られながら、プンプンしているクレアと、少し面白がる顔の結は部屋を出た。
「あんな嘘つくなんて信じられない!妄想癖と虚言癖のコラボレーションオタンコナス!」
ぷりぷり怒るクレアの文句の相手をせずに、結はどうにか笑いを抑えている。
「ゲームもできなかったし!ただ座って話しただけ!」
「いい息抜きになったみたいで何よりです」
それを聞くと、クレアは突然口の中のものが砂に変わったようなしかめ面をした。
「はぁ…、またあの地獄のレッスンか…」
結は何も答えなかったが、その表情からは大して意見に違いはないことが読み取れる。そんな結へ、クレアは含みのある目をちらりと向けた。
「さっき、私が鴎に言わないようにしたでしょ」
「…えぇ、まぁ」
「そんなに鴎に知られたくないの?」
トラックが二台車道を走り去り、どこからか猫の鳴き声が聞こえた。クレアが無視されたのかと思ったほど長い時間の後、結は小さな声で答えた。
「…これ以上巻き込みたくありません」
「危ないから?」
「私に関わったせいで、鴎君はしなくていい思いをしました」
言葉から滲む後悔に、結の簡単には整理できない胸の内を察しているクレアは、視線を合わせていられなくなった。
「もうクレアは気づいているでしょう?私のせいで鴎君が受けた影響は、とっくに取り返しがつかない。またそんなことが起きるのは嫌ですよ」
非難がましく、そして悲しそうで、石でも蹴飛ばしそうな調子だ。
番犬のつもりらしい小型犬にキャンキャン吠えかけられ、後ろから来た自転車にベルを鳴らされても、クレアは黙っていた。余りに間が空いたので、結が答える気が無いのだと思っていると、
「放っておいても結果は同じだと思うけど」
否定しない結は、論理的ではない思いを言葉にするつもりはないようだった。そんな姉妹に、クレアは聞こえないほど小さな声で呟いた。
「向こうはあんたに関わりたいんだから」
そうしてよく似た背格好の二人は、気の進まない足取りで家へ帰っていった。
「…ということで、演劇みたいに体育館を使うやつは難しいですが、何かアイデアがある人は言ってください」
男子の文化委員、泊が教壇からクラスメイト達を見渡す。それをきっかけに、生徒たちは自分の周りの席の友人と思い思いに話し始めた。
来る火曜日、文化祭の説明や出し物の決定のために、昼休み後の二時間が用意された。文化委員の二人が進行役を務め、あらかたの説明が終わったところだ。今日に限っては、担任の山口教諭も生徒たちのおしゃべりに我関せずで、入り口横に置かれたパイプ椅子にただ座っている。
皆出し物そっちのけで、文化祭に関するうわさ話や楽しみを話している。これだと誰かが口火を切るのには時間がかかるだろう。
鴎は周囲と同様に、隣の席の生徒と当たり障りのないことについて喋りつつ、“可能種”の二人がどうしているのか窺った。
意外にも、隣と話が弾んでいるのは結の方で、クレアは相槌の打ち方がぎこちない。ただの会話にも緊張しているのが見て取れる。
そうして前の席を見ていると、仁と目が合った。
やるぞ、とアイコンタクトで伝えられ、鴎は直前になって、本当にやるのか、と尻込みする自分を感じた。