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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
戦場の支配者
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ゲーム機

「えっと、中学ではね、部活とか有志が出し物をして、クラス対抗で合唱コンクールをしたかな。江袋高では合唱はなかったはずだね。部活とかが出し物をするのは一緒だけど」


 とにかく沈黙が生じないように気を遣いながら、鴎は自分の知っている範囲で文化祭について説明する。


「出し物って、宴会芸とか?」


 どこでそんな言葉を覚えたんだろう、と思いつつ、


「どうだろ、先生でする人がいるなら、そうかもね。毎年どうなってるのかは僕も知らないな」


 正直に言うと、鴎も二人と知識量は大差ない。イベントの詳細などは、毎日上級生と接する部活生の方が圧倒的に耳が早く、鴎のようにぶらぶらしている帰宅部は置いていかれるばかりだ。


「じゃあ、目立ちたがり屋が芸をして終わり?」


 何だか棘のある言い方が気になるが、一応頷く。


「まあ、そんなもんだよ。二日間あって、二日目は一日中体育館で二、三年の出し物を見て終わりじゃないかな?」


 これが私立なら生徒が出店でもするのかもしれないが、江袋高校は精々フードトラックが来る程度だろう。生徒の模擬店は許可されていない。


 結が小首を傾げる。


「一日目は違うんですか?」


 鴎は脳内で言葉を手繰りつつ寄せ首を振った。


「多分、オープニングは体育館に集まるけど、その後は文化部とか一、二年の教室展示を見る時間だと思うよ。そっちの企画を選んだクラスのね。うちのクラスもそうなるんじゃないかなぁ」


「何?まだ決まってないの?」


 夏休み明けから転入してきたクレアに訊ねられた結が、鴎に確認の視線を送る。


「そうでしたよね?」


「うん。来週の火曜日にクラスで話し合って決めるはずだよ。演劇とかステージを使うやつは上級生が優先されて割り振られるから、一年生にはほとんど回ってこないらしいけどね」


 それを差し引いても、鴎たちの属する一年二組はおとなしい生徒が多いので、投票になれば十中八九室内展示に決まるだろう。


「そうなんですか…」


 すると結は、ポツリと言葉を漏らした。


「楽しみですね」


 台本にないセリフを役者が喋った。そんな風に虚を突かれた思いで、鴎は結の顔を見る。そこには少し照れた表情があった。珍しいものを見る目のクレアの横で、


「初めてですから、楽しみです」


 そうか、と納得する。ほとんど覚えていないというのなら、初めて体験するのと変わらない。結にとっては、最初の文化祭なのだ。


 ただそれを楽しみにしていることは、鴎が抱いていた人物像と少しズレがあったので、返事が喉を超えるのに少し時間が要った。


「まあやること次第じゃない?何となく時間を潰すだけのつまんない企画かもしれないし。その可能性もあるんでしょ?」

「え?あ、うん、かもね、わからないけど」


 戸惑っている内に話しかけられ、咄嗟に出た答えは当たり障りが無いように気を遣いすぎていた。

 結は期待を胸の内に留めると、長いまつ毛を伏せた。「そうですね」という微かな声が鴎の耳に届く。


 尋ねたいこともなくなったようで、二人はそれきり黙った。考えごとをしている結の髪飾り、母親が遺した“遺産”らしいそれを鴎が気の抜けた顔で眺めていると、クレアがきょろきょろと室内を見回し出した。


「ところでさ、鴎、ゲームないの?ゲーム」

「ゲーム?あるよ」


 鴎自身はそれほど興味はないが、友人と集まったときのために、最新機種より一つ遅れた世代の据え置き型ゲームがある。


「どこ!見せて!」


 クレアは前のめり気味の姿勢で鴎に顔を近づけた。


「テンション高いね」

「そりゃ、初めてですから!」


 口調を真似された結の視線を意に介さず、うきうきした様子で鴎を待っている。

 故郷では迫害されていたらしいクレアの過去を思うと、こういう娯楽(ごらく)機器にはあまり縁がなかったのかもしれない。

 

 視線に急かされた鴎は立ち上がると、テレビを置いている台の収納スペースを開き、ゲーム機を取り出して配線ケーブルを繋いだ。


「これだよ」

「へえー!」

「初めて見ました」


 はしゃぐクレアの横で、結も少し興味を持った様子で見ている。


「そうなの?」

「はい、家族の誰も持っていなかったので」


 確かに、六城家の二人のどちらもゲームに興味はなさそうだ。何より、あの広いお屋敷の格調高い家具の中に、このフォルムがぽつんと置いてあるのは似合わないだろう。


「うわー!」


 クレアは顔を近づけてゲーム機をしげしげと見つめると、きらきらした目で鴎の方へ振り向いた。


「ちょっと触らせて!」

「いいよ」


 許可を得ると、ゲーム機に近づいたクレアは本当にペタペタと触り出した。


 モノリスを初めて見た猿もあんな感じだったな、と鴎が失礼なことを考えていると、ゲーム機に視線を落としたままのクレアに話しかけられた。


「これどうやったら動くの?このボタン?」

「あー、うん、それ」


 クレアがそのボタンを押すと、ゲーム機が音を立てながらディスクを吐き出した。予想外の挙動に、クレアは慌てふためく。


「えっ?えっ?」

「あっ、壊れた」

「壊れましたね、弁償ですよ」

「えっ?えっ!?うそでしょ!?」

「うそだよ」

「…この嘘つき幕アリアーティスト!」


 

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