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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
戦場の支配者
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「へぇー、案外きれいじゃない」


 クレアは部屋の真ん中でキョロキョロと頭を動かしている。結はその後ろで葬儀(そうぎ)用の神妙(しんみょう)な顔をしていた。


 私服姿を拝めたわけだが、そんなことに気を回すゆとりはなく、鴎は窓の近く、部屋の端で小さくなって座っていた。これではどちらが部屋の主か分からない。


 よりによってこの二人に見られると思わなかった。自分の間抜け面を想像すると、どんどん縮こまった座り方になる。このまま消え入りたいくらいだ


「もっとごみごみしてるもんだと思ってた」

「…なにしにきたの」


 ぶっきらぼうな言い方でもしておかないと、その場に転げ回って手足を振り回すのを我慢できそうにない。

 クレアは答えず屈むと、ベッドの下を覗き始めた。


「見て見て結、なんか本がある」

「なにしにきたの!」


 結が申し訳なさそうな様子で代わりに相手をする。


「ごめんなさい、鴎くん。急に押しかけて」

「あ、いや、謝ることないけど…」

「そうそう、まさかあんな一人芝居してるなんて予想できないから。ていうかあんたなにしてたの?」

「なんでもないよ!それよりなにしにきたの!」


 顔が真っ赤なのは別の理由だが、怒ったことにして乗り切る。


「なんでもないことないでしょ~、びっくりしたんだから、二人とも。ねえ」


 乗り切れなかった。


「クレア、もうそのことはいいじゃないですか」

「いやぁ~、パパっと説明すれば済む話でしょ~。一人だから気を抜いてふざけてましたって。全国ツアーでもしてたんでしょ?」


 クレアはそう言うと、堪え切れずにプスッと吹き出した。無自覚なのかと思ったら、おちょくっていただけらしい。


 こいつ…!


 ゆで蛸のようになっている鴎をニヤニヤと眺めていたクレアに声が飛んだ。


「クレア」


 二人揃ってそちらを向く。


 結が細めた目でクレアを見ていた。声も表情も大して厳しくはなかったが、その黒色に見据えられると、クレアは緩み切っていた顔を歪め、「うぐっ」、と嫌そうな声を出した。


「いや、別に馬鹿にしてるわけじゃ…」

「クレア」


 じとりとした目つき。


「わ、分かったって」


 クレアは不平気味に口を尖らせたが、しかし結と目を合わせるのは怖いようで逸らしている。思わぬ場面で二人のパワーバランスを垣間見た。


 一学期の終わり頃に突然現れ、結の異母姉妹だと名乗った旧姓(きゅうせい)ハーパーのクレアは、夏休みが明けると六城家のクレアになっていた。

 その間何があったのかは知らないが、今の結の様子は、調子に乗った妹を(いさ)める姉そのもので、身内の気安さのあるやり取りに、クレアもどこか満更(まんざら)ではなさそうだった。


「そんなに怒んなくていいじゃん…」


 まだ何か言っているクレアの相手をせずに、結は鴎に向き直った。


「ごめんなさい鴎君、突然」

 

 正面から向き合うと、夢で見た場面が薄雲の様に脳裏に広がった。

 独りでに赤くなる頬を自覚しつつ、声だけは平静を装う。


「う、うん。どうしたの?何かあった?」


 仕切り直された空気の中、不満顔を収めたクレアが答える。


「文化祭ってあるでしょ」

「うん」

「私たち、どっちもあれしたことないから、息抜きにあんたに話聞こうと思って」

「息抜き?」 

「そう、今日は…」 


 続けようとしたクレアを結が短い声で(さえぎ)る。


「先ほどまで勉強していて一段落着いたので」

「はぁー、えらいねえ」


 間抜けな声が出た。テスト期間でもない休日に自主的な勉強などもうずっとしていないので、そんな感想しか出てこなかった。


「文化祭が近いからその話をしていたんですが、分かったのは私とクレアが文化祭をよく知らないことだけでした」


「結があんたなら知ってるんじゃないかって。知ってるの?」


 クレアにそう問いかけられ、鴎は曖昧(あいまい)な返事を返す。


「知ってる、うーん…」


 中学校で文化祭のような扱いの行事は経験しているが、高校は二人と同じまだ一年生だ。経験は無いので、何とも言えない。


「まあ、中学で合唱とかのやつはしたかな。高校とはかなり違うと思うけどね。結の学校ではしてないの?」


 問いかけと共に向けられた鴎の視線に、結は複雑な顔と少し伏せた目で応えた。


「その頃の記憶は余りありませんから。ただ登校しているだけだったので」


 言われて鴎もそのことに思い当たる。


 結たち“可能種”は、“(くさび)”と呼ばれる生きがいや目的を持っていないと、ひどく不安定な存在になるらしい。幼い頃に両親を亡くした結も、中学まではそれに当てはまっていて、実際に高校へ入学する前後ではこの世から消えかかっていたのだと、その叔父から聞いた。


 中学校では行事を楽しめる精神状態では無かったということか。

 どう言葉をかければいいか分からず、あたふたしている鴎を尻目に、クレアが容赦のない評価を下す。


「暗すぎない?」


 つい最近まで大して変わらない状況だったくせに、腕を組んで結を見ている姿は余裕と自信に満ち溢れていた。


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