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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
葬炎の担い手
101/361

精算

 路地の裏を、周囲と見分けのつかない影が走っている。息は全力疾走だと察せられる短さで、黒い何かをぼろぼろと剥がれ落ちさせながら、誰もいない道をひた走っている。


 舗装(ほそう)の行き届いていないアスファルトの凹凸(おうとつ)に足を引っかけて転び、ようやく止まった。

 両肘をついて息遣いだけを荒くする姿を、街灯が照らす。爆炎をまともに浴びた皮膚は酷い火傷を負っていたが、黒炭色になっていたことを思えば驚異的な再生能力だった。


 和助は体が歩けるまで回復するのを待ちながら、結たちの一連の攻撃を細部まで舐めるように思い返していた。何もかもしてやられた。作戦を立てたのは恐らく結だろう。

 結の鬼謀と言っていい策略、クレアの爆発力、そして鴎の全体から見ればちっぽけな勇気に、叩きのめされた。

 ただ隠れていただけの癖に戦争帰りだなどと自認して、子供たちを下に見ていたから、無様に這いつくばるざまになった。傲慢さが招いた結果だろう


 しかし和助は、惨めに敗北し、それでも心臓を止めず逃げ出した自分を、生き汚いとは思わなかった。

 あのとき生き残った意味を知りたかったのだ。それを知らないうちに生きてきて、死ねななかったのだから、自分から死を受け入れるような潔さは持てない。


 そうだ、まだ死ねないのだ。そう考えると、あれだけ失策を続けながら生きていることは偶然とは思えなかった。


 少なくともあいつに会うまで、終わるわけにはいかないのだ。


 皮膚に食い込むコンクリートの感触が、決意を後押ししてくれている気がした。まだまだこれからだ。

 思いを新たにした和助が、歯を食いしばりながら顔を上げると、路地の先に誰かが立っていた。


 それと気づいたのは、男が闇夜を拒絶するような白服を身に着けているからでも、腰に鬼の面や刀、銃のような人目を引くものをつけているからではなかった。その凄絶な雰囲気が、いつの日かの血生臭さを想起させたからだ。


 走った電流が戦慄を確信へと変えた。正体の掴めないほど混ざり合った感情が、和助の体を震えさせる。


 十年ぶりに(まみ)えた男は一言も発さず、刀を抜いた。鋭利な金属を鉄塊に擦り付けたような音が、“鉄削(かねそ)兼光(かねみつ)”と呼ばれ、恐れられた所以(ゆえん)を示す。

 月光に蒼い光を返す白刃を手に持ち、男は和助を待つように佇んでいる。何度も戦いの渦を潜り抜けてきた者だけに許される凄味を漂わせ、浮かべる表情は、刀の方がまだ読み取れるものが多い。


 あのときと同じ汗腺すら閉じるようなプレッシャーに(さら)されながら、目に焼き付いている光景と重ならないのは、男が和助を見ているからだ。今度は自分のことを、敵だと認識しているのだ。  


 そう理解した瞬間に和助の全身を襲った震えは、今度は武者震いだと分かった。

 比類のない強敵に狙われているのにも関わらず、力は後から後から湧いて出るようで、和助は地面から腕を引き剥がし、立ち上がった。逃げるためではない。立ち向かうために。


 捕まれば抜け出せず、体の芯から腐らせそうな汚泥(おでい)に必死で抗ってきた甲斐があった。これまでの全ての不遇に、説明がつく気がした。どうして自分だけが生き残ったのか。


「…なんでか分かったよ。今ここで」


 和助の目は、時間を捉え、封じ込める琥珀(こはく)色へと染まっていく。カーキ色の厚いコートのような“威装”がその身を覆う。


 恐れなど微塵(みじん)も感じさせない威勢の良さで、和助は叫んだ。


「お前を乗り越えるために、俺は生き残ったんだ!」


 測れもしなかった距離を埋めたのだと証明するために、走り出す。男は何の返事もせず刀を構えた。夏の夜空に血風が舞った。


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