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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
薫風の運び手
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火曜 放課後(2)

 鴎は、言われた通り、ソファに恐る恐る腰を落ち着けつつ、男の表情を探る。深刻そうには見えない顔を見て、おそらく結は無事なのだろうと思ったが、一応言葉にして確認する。


「あの、六城さんは……」


 男がしばらく考え込むとは思っていなかったので、鴎は緊張の糸が再び(つむ)がれるのを感じる。


「まあ、死にはしないな」


 死にはしなくとも、なんだ。


 語感に不穏なものを感じ、表情が強張り膝に置かれた拳に力が籠められるた。


「多分明日は学校を休む」


「……あ、そうですか」


 予想よりも軽い言葉遣いと内容にほっと息が漏れ出る。

 そんな鴎を、男は余人には計り知れないものを込めた視線で見つめる。それに気づいた鴎が困惑しながら見返すと、一瞬ばつが悪そうな顔をしたあと、男は先ほどまでの鷹揚(おうよう)とした態度を取り戻した。


「名乗ってなかったな、六城庵(ろくじょういおり)だ。あの子の叔父(おじ)


 叔父という響きから鴎が連想する人物、自身の母親の兄とは異なる、結の兄だと言われても違和感のないほど若々しい容姿の男が、鴎に(ふし)くれ立った成人男性の手を差し出した。

 その手のひらを見つめ、握手を求められていると気づいた鴎は、慌ててその手を両手で握り返すと、


「さっ、里見鴎です」


 と、こちらも名乗り、ぎこちなく礼をする。


「ああ、知ってる」


「えっ?」


 思わず問い返す鴎に、庵は簡潔(かんけつ)な答えをよこす。


「あの子が友達できたって言ってたから。里見くんっていう」


 鴎は一瞬、心臓が握られた気がした。背筋を這いあがった後ろめたさから逃げるように顔を伏せる。


「このまま帰った方がいいって言われても、納得できないよなぁ」


 どこか他人(ひと)ごとのような声を頭上に聞きながら、鴎も、


「まぁ……」


 と、気の抜けた返事をする。

 浮かない気分のまま、組まれた庵の両腕に視線を移すと、その筋肉の盛り上がりに気付く。

 こうしてみると目前の男は、おそらく青年の範疇(はんちゅう)に入る若さだ。激しく主張するほどではないがスーツの上からでも分かる付き方をした筋肉に、スポーツ選手を思わせる上背(うわぜい)をしている。

 叔父だと明かされたせいもあるが、結とどこか顔立ちが似ているように思える。しかし、髪は黒色で、鴎は初めから男の顔形も認識できた。


「そういえば、まだ親御さんに連絡してないか?」


「あっ、独り暮らしです」


 庵は「へぇ」とだけ漏らすと、少し考え事をするように上へ()っていた視線を鴎に戻し、腕組みを解きながら、


「よしっ」

 

 と、声を放った。鴎はびくりと肩を震わせ、そちらを見る。


「鴎くん」


「は、はいっ」


「まずは君の数多い疑問に答えるよ、何から聞きたい?」


 庵は(さと)すような口調で、鴎に穏やかな声を投げかける。鴎はその眼差(まなざ)しをうけて、顔をもう一度伏せた。

 この人の言う通り、聞きたいことは数えきれないほどある。しかし今日一日、そして昨夜にかけて自分の身に起こった出来事について振り返ると、最初の質問は一つの問いに収束する。


 先刻まで感じていた気後れはどこかへ消え去り、鴎は意を決して正面へ目を据える。


「あの、六城さんは、あなたたちは一体何なんですか?」


 庵は鴎の言葉を予想していたようで、両腕を膝に乗せ手を組んだ姿勢で静かに答える。


「俺たちは人間じゃない」


 息を呑む鴎の正面で、庵はその表情を崩さず続ける。


「遠い昔に確かに居た存在の末裔(まつえい)、その残滓(ざんし)、身内じゃこう呼んでる」


 鴎が説明を受け入れるのを待つように一拍(いっぱく)置き、ゆっくりとその名を口にする。


「“可能種(かのうしゅ)”」


「可能種……」


 もしそんなセリフを聞いたのが昨日の朝だったら、と、鴎は思う。自分はきっと困った風に笑いながら受け流して、それっきり思い出しもしなかっただろう、と。


 しかし今の鴎にとって、その説明は確かな説得力を持つ。むしろこれがバラエティ番組の企画で、「ドッキリ大成功」なんて人を馬鹿にした文句の書かれたプラカードを庵が取り出したら、そちらの方が突飛に感じるだろう。


「そう。不死身の肉体と人知を超えた力を持ってた“万能種(ばんのうしゅ)”っていう生き物の子孫で、現代社会にも少数ながら生き残ってるのが、俺たち“可能種”」


「じゃあ、さっき六城さんを病院に連れていかなかったのは」


「俺たちは優れた身体能力と高い治癒(ちゆ)能力を持っている。車を片手でぶん投げられたり、吹き飛んだ腕もくっつけときゃ一晩で治るくらいにな」


「もしかして僕が六城さんのことを覚えていなかったのも……」


「あぁ。普通の人間は“可能種”をはっきり認識できない。記憶に留めたり、認識し続けられるのは“可能種”と強い結びつきがある人間だけだ。“可能種”も人間に関わるのを嫌うから、俺たちを知ってる人間はほとんどいない」


 流れるように行われた鴎と庵の応答は、鴎が見せた躊躇いにより一旦中断された。これを尋ねるのは少し勇気が要る。


「昨日の夜僕を助けてくれたのは」


 先回りするでもなく、(さえぎ)るでもなく、鴎の言いたいことを察して答えてくれた庵が、ここでは黙ったままだ。そのことに少しの感謝と落胆、そしてそれを感じる自分への失望を覚えながら、続く言葉を口にする。


「六城さんだったんですか」 


 語尾が(かす)れたことにも気づかず、相手の返事を待つ。


「ああ」


 鴎の胸には、初め、やはりという実感が訪れたが、すぐさまそれを押しのけるようにして、罪悪感で一杯になった。


「理由があってあの子一人で校舎を見張ってたんだ。そこに君が来てあのカエルと鉢合わせそうになったから、間に割って入った」


 庵の声が止むと、鴎の視線が下がる。その説明は自分に改めて突き付けられた不実(ふじつ)を、なんら正当化するものではなかった。やはり結は自分を助けるために怪我をして、そしてその恩人を、自分は見捨てて遁走(とんそう)した。


 脳裏に血の海で横たわる結の姿が浮かび、知らず奥歯を噛み締める。そんな鴎の様子を黙って見ていた庵は、やがて静かに口を開き、


「君には危険な目に遭わせた。申し訳ない」


 頭を下げる庵をみて驚く。大の大人にこうして謝られるというのは初めてで、あまり気分のいいものではなかった。


「い、いや、むしろ僕が助けてもらったんですから、謝ってもらうことないです。それよりも、話の続きを」


 庵が頭を上げて説明を続けると、鴎は少しほっとした。


「俺たちはあのカエルが学校に現れたことに気づいていたんだが、けしかけたやつの狙いが分かるまで監視に留めるつもりだった。もしそいつと接触したら、あの子一人で対処できるか分からなかったからな。そのことはあの子にも伝えてた。でもあの日、君が学校にきてカエルに出くわしちまったことを確認して、あの子はその場に飛んでいった」


 リビングには庵の声と、置時計の秒針の音だけが響く。


「それで負傷して帰ってきたあの子に、俺は治るまで学校を休むよう勧めた。さっきも言ったけど、人間は“可能種”のことを覚えていられない。君はそうは思えないだろうけど、少し時間を空けてれば君は全部忘れてたはずなんだ。でも、あの子はそれを拒んだ。俺が理由を聞いても答えずに、ただ学校へ行くって言い張ったんだ。腹には包帯がグルグル巻かれてたのに。あんなに(かたく)なな態度は初めてだったよ」


 先ほどの庵の言葉も合わせて受け取り、身の置き所がなくなった気分でいた鴎に、庵から声が飛ぶ。

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