俺は最強の異世界転移者
目の前には目が覚めるような美女がいた。
透き通るような白い肌にとても繊細な金髪の髪、顔は理知的でその瞳で見られるだけで頭が良くなかったかのように錯覚してしまう。耳は尖っている。彼女がエルフだからだ。もちろんまったく気にならない。いや、むしろチャームポイントだ。その可愛らしい耳を甘噛みしてみたい。胸はやや小さめだが、これくらいの方が俺の好みだ。少し痩せているが、つくべき所にはしっかり肉がついている。とても柔らかそうだ。
彼女は俺が家に招くと、あっさりと付いて来た。
当然だ。
俺は勇者で、この世界を救った英雄。しかも、今はこの国の上層部で、指導者的立ち位置にいる。
つまり、金と権力と地位と名誉を持っている訳だ。
なびかない女がいるはずもない……
俺はかつて地球の日本という場所で暮らしていた。ところがある日、ネットゲームをやっている最中に画面に登場した謎の召喚魔法で異世界に召喚されてしまったのだ。
当初は大いに狼狽して、「すぐに元の場所に戻してくれ」と訴えたものだが、世界の法則の違いによって得られたのだという凄まじい力が自分に宿っている事を自覚して、その考えが変わった。
「分かった! この力を使って、この国を救ってみせる!」
俺が召喚されたその国は、邪悪な魔法使いがかけた呪いによって、危機に瀕していたのだ。
動物や植物の形に似てはいるが、それらとは根本から異なった魔物と呼ばれる存在が絶えず湧き出し、人々を襲っている。
魔物を全て駆逐する為には、呪いの権化である魔王を討伐しなくてはならない。
そして俺は、頼れる仲間を見つけ、苦労を乗り越えて遂に魔王を倒したのだ。
ただし、苦労をしたと言っても命の危険はあまりなかった。魔王は呪いの権化である訳だが、飽くまでこの国にかけられている呪いである為、別世界からやって来た俺には効かなかったからだ。そしてその見返りに得られる報酬は莫大だ。
つまり、何が言いたいのかというと、この召喚は俺にとって超ラッキーだったって訳だ。女にだってモテまくりだ。地球の日本にいた頃では考えられない。
さぁ! エルフの美女といいことをしよう!
「お断りします」
が、俺が誘うとエルフの美女はそう言ったのだった。俺はそれを聞いて思わず「へ?」と言ってしまった。かなり間抜けな面をしていたと思う。
エルフの美女は理由を語る。
「勇者様に見初めていただけるのはとても光栄ですし、嬉しくもあるのですが、私には既に婚約者がおります。
私は彼を愛しているのです。裏切れるはずもありません」
頬を赤くしている。自分の台詞に照れているのかもしれない。その顔はとても幸せそうだった。
「いや、待ってくれ!」
と、俺は言った。
その幸せそうな顔が、なんだかとても憎らしかった。
世界を救ったのはこの俺だ。なのに俺がフラれるなんて納得がいかない!
そして俺は彼女の腕を掴んだ。乱暴をするつもりはなかった。ただ、なんとなく掴んでしまっただけだ。ところが、彼女は怯えたようにそれに抵抗する。
「やめてください!」
俺はショックを受けた。
“そんなに怯えなくたって良いじゃないか!”
多分、だからだろう。俺は次の瞬間には彼女を無理矢理押し倒していたのだった。
そして、そのタイミングだった。
「彼女に何をするんですか?」
そんな声が聞こえた。
見ると、エルフの男がそこにいた。優しそうだが、痩せていて弱そうな奴だった。
「勇者様! おやめください!」
そいつは、そう言いながら俺に向って来た。
「うるさい!」
俺は思わず反射的に攻撃魔法を放っていた。軽めの風の魔法だ。これくらいなら怪我もしないだろう。
「俺に近付くな!」
床に転ばせると、緊縛の魔法を使って動けなくさせた。
「――彼に何をするんです?!」
それを見て、エルフの美女はそう喚いた。
「少し転ばせたくらいで、いちいち文句を言うな!」
苛立った俺は、エルフの女の服を破いた。控えめの胸を包んだ可愛い下着が見える。俺は思わずにへらと笑った。
この下着を引き剥がして、柔らかな胸を揉みしだいてやる。そうすれば、この女もきっと悦ぶに違いない! なんだかんだ言って、女は強い優秀な男に惚れるものだからな。
が、そう思って下着に手を伸ばそうとした瞬間だった。
「――やれやれ。何が優秀な男だい」
エルフの女はそう言ったのだった。
口調が変わっている。なにかおかしい。
顔を見てみると、先ほどまでのエルフの顔ではなくなっていた。眼鏡をかけている。地味ではあるが、よく見ると可愛い。が、エルフの美女ではない。明らかに日本人だ。
「君は異世界転移の際に特別な力を得たに過ぎない。しかも、何の努力もしないでね。もっとも、自我境界線というのは非常に曖昧だ。
自分の所属している国がたまたまお金持ちだった。自分の生まれた家の地位がたまたま高かった。自分の身体がたまたま大きく育った。
多くの人は、そういったことごとを、自分自身だと思ってしまう。そう認識するべきかどうなのか悩みもせずに、ね」
俺はそれを聞いて、「なんだ、お前は?」と思わず言ってしまった。それに眼鏡の女性はこう返す。
「まだ分からないのかな? 君は試験に落ちたのだよ」
その言葉と共に周囲の景色が変わっていく。リノリウムの床。白い清潔な壁。俺がここしばらく冒険していたファンタジーな世界にはそぐわない光景。
「新手の魔物か!?」
そう言って俺は剣を構えた。が、持っていたはずの剣も見る間に消えていく。
「流石に、もう分かりそうなものだけどね」
それを見て、女性は肩を竦めた。
気が付くと、俺は白い部屋の堅いベッドの上に寝転がっていた。傍らには、外されてあるVRゴーグルがある。
「やはり、君も己を保てなかったようだね。まぁ、それでも、がんばった方さ。もっと早い段階で暴君になってしまった人も大勢いる」
そう声がしたので横を見ると、あの眼鏡をかけた女性がいた。
「テストステロンという男性ホルモンを知っているかい?
こいつは成功体験によってより多く分泌されるんだが、性欲を高める効果もある。“英雄色を好む”というが、その原因の一つはこのテストステロンだと言われている。
まぁ、つまりは、成功をした男は優秀な遺伝子を持っている、だからいっぱいセックスをして子をたくさん残せっていうメッセージが脳に届いて脳を変えてしまうんだな。人間の生物としてある仕組みの一つさ。
だから、君が性欲に負けてしまったのはある面では致し方ないとも言える。
が、同時に人間の限界もこいつは教えてくれているね。君は己を制御し切れなかったんだから……」
滔々と語るその女性は、どう思っているか分からないような無感情な表情をしていた。
「あの…… これは…」と、俺は口を開く。
「なんだ、まだ思い出さないのか」と、それに女性。
「君は随分とあのバーチャル空間に嵌ってしまっていたようだね。でも、そろそろ思い出してもわなくちゃ困るな。
君は試験を受けていたんだよ。
脳に直接アクセスするバーチャル空間でファンタジー世界の英雄になる。地位も権力も手に入れたその状態で、欲に負けず、果たして人民の為に尽くせるか……」
それを聞いて俺は思い出した。
そうだ。
俺は高級官僚になる為の試験を受けていたんだ。そして、学力試験にも体力試験にも合格して、最後の難関の人格適性検査を受けた。それがあのファンタジー世界だったんだ……
「俺は不合格なんですね?」
女性は頷く。
「残念ながらね。君は欲に負けて、人間社会全体の為に使うべき貴重な資源を自分や自分の仲間達の為だけに使ってしまう人間だと判断された。
ただ、同じ事をもう一度言うが、君はがんばった方さ。ま、人間なんて、大体は誰でもそんなものだからね」
そう言い終えた女性の表情は、なんだか少し悲しそうに思えた。