もう一つのぎおん祭り
令和〇年七月某日。丸小一家は、主の高至の転勤により、東京から京都の祇園町に引っ越してきた。
小学二年生の息子竜也は、家の近所で祭りが開催されているのをクラスメートから聞き、「ねえ、お父さん。なんかこの近くで祭りをやってるみたいなんだ。次の日曜日に連れていってよ」と、高至にせがんだ。
「祭り? ああ、多分それは祇園祭のことだろう。でも、行くのはちょっと面倒くさいな。父さん転勤したばかりで気疲れしてるから、休みの日は家でのんびりしたいんだよ」
「ええー! そんなこと言わないで行こうよう。せっかく京都に引っ越してきたんだから、その地特有の催事を満喫しようよ」
「お前、特有とか催事とか満喫とか、一体どこでそんな言葉覚えたんだよ。小二が使う言葉じゃないだろ」
「そんな話の論点をすり替えてごまかそうとしたって、そうは問屋が卸さないからね」
「おいおい、今度は論点に問屋か。お前、本当に小二か?」
「なに当たり前のこと聞いてるの。それより祭りはどうするの? 連れて行ってくれるの?」
「そうだな。じゃあ、日曜までに考えとくよ」
日曜日の朝、竜也はウキウキ気分で、高至を起こしに行った。
「お父さん、早く起きてよ。今日、祭りに連れて行ってくれるんでしょ」
「ああ? 父さん、疲れてるんだよ。もう少し寝かせといてくれよ」
「もう九時だよ。早く行こうよ。この前ちゃんと約束したじゃないか」
「俺は行くなんて一言も言ってないぞ。ただ、考えとくと言っただけだ」
「今さらそんなこと言うなんてズルいよ! もうぼくは、行く気満々なんだからね!」
「まあ、少し落ち着けよ。なにもわざわざ出掛けなくても、祭りなら家の中でもできるじゃないか」
「どういうこと?」
「じゃあ、今から父さんが実践してやるから、そこで見てろ」
そう言うと、高至は「ピカッ! ビリビリビリッ! タタタッ! ブルーンブルーン! カラカラッ!」と、謎の言葉を発しながら部屋を歩き回った。
「なにしてるの、お父さん?」
「なんだよ。ませたこと言ってても、やっぱりまだ子供だな。父さんのやってることが分からないのか」
「分からないから聞いてるんだよ。もったいぶってないで、早く教えてよ」
「じゃあ、しょうがないから教えてやるか。父さんは今、擬音を発しながら部屋を歩き回っただろ? つまり、これもれっきとした、ぎおん祭りなんだよ」
「なんだ、そういうことだったのか。じゃあ、ぼくも一緒にやっていい?」
「もちろんさ。じゃあ、父さんが先に行くから、お前は後から付いて来いよ」
「うん、わかった」
「じゃあ、いくぞ。ブリブリッ! タンタン! ポローン! テケテケテケッ!」
「パンパン! コロコロッ! バキューンバキューン! プニップニッ!」
二人が思いつくままの擬音を発しながら部屋を歩き回っていると、「あらっ、あなたたち何してるの?」という怪訝な声が二人の耳に届いた。
「あっ、お母さん! 今、お父さんと祭りを楽しんでるんだ!」
「祭り?」
「うん。こうやって擬音を発しながら部屋を歩いてるだけなんだけど、これがけっこう楽しくてさ。お母さんも一緒にやろうよ」
「ええー! そんなのが本当に楽しいの?」
竜也の言葉に半信半疑ながらも、母親の美紀子は「ギーッ! リリーン! ボヨーンボヨーン! サササッ!」と、擬音を発しながら部屋を歩き始めた。
「あははっ! これ、実際にやってみると、けっこう楽しいかも!」
「ねっ、ぼくの言った通りだろ。じゃあ、今から三人で一緒にやろう」
その後、丸小一家は心ゆくまで、この擬音祭りを堪能した。