初弓の第五話
二日目、三日目・・・と変わりなく過ぎていった練習。
石を持ち上げる、妙に重い棒を振っては止める、などの目標の見えない毎日が過ぎていき、一ヶ月ほど経過したある日のことである。
「本日は、ソムを狩りに行くッ!」
いつもと同じように足を引きずりながらやってきたカロスとダイパは、唐突に告げられた言葉に目を丸くした。
「とうとういつものアレから開放される・・・」
一人感動しているダイパをよそに、カロスは
「でも、俺ら弓の引き方なんて知らないんですけど」
「そんなことは分かっているッ!なんせ教えていないからなッ!」
大柄に言ってのけるミルズに半分呆れた様子のカロスが
「じゃあなんで・・・」
言葉の続きを聞く前に、ミルズは答える。
「お前らが弓に対して、ひいては弓の引き方について、どのような思い出いるか。それは人生最初の射でよく分かるッ!だからこそ、まっさらな今のお前らに弓を引かせよう、と言うことだッ!」
理屈の分かるような分からないような事を言われ、どう返すものかと考えるカロスの背が叩かれ、「もうミルズさん行ってるぜ!」というダイパの声で考えるのをやめ、走り出した。
砦の受付に安物の赤銅鎧を貸してもらい、ミルズの家に置いてある簡素な作りの弓と矢を借りると、流石にカロスも気持ちを昂ぶらせずにはいられない。無論、赤銅鎧を着たときからダイパは興奮状態なのだが。
砦の外は危険な動物も存在するので、砦内受付を通して許可を取る必要がある。今回はミルズの顔で通ることができたが、本来ならば十分安全なことを証明した上で、目的を伝えねば許可は取れない。
手順を追って許可証をもらい、砦の外に出ると、
「うおっ・・・」
砦の外は灼熱の火山・・・でもなければ、極寒の氷河・・・でもなく、豊かな平原が広がっている。
ミルズに案内されながらソムの生息する場所へ行くと、三頭ほどのソムがそこに。
野生のソムは、警戒心が高く、足音に敏感。
近接で刃を届かせようとするのは至難の業だ。
ミルズはソムを眺めながら、珍しく落ち着いた口調で言った。
「何故私がお前らの弓を教えてやると言ったか、分かるか?」
「いっ、いえ・・・」
わからない様子の二人に、ミルズは力強く
「お前らに弓の才能が無いからだ。」
ばっさりと切り捨てるように言った。
「才能が無い、ですか・・・」
ダイパがポツリとつぶやく。
「そうだ。お前らに才能は無い。だが、それでいい。才能こそが、努力を腐らせる。だから、お前らの全てを、あのソムにぶつけろ。どんなに外れても良い。その射が、最初の射なのだから。」
ミルズの言葉を二秒で噛み砕き、カロスとダイパは同時に矢をつがえ、引き絞った。
五秒ほど引き合い、カロスの方が刹那早く、二人は大きく離れた。
素直に飛んでいく二つの矢は、片方は大きく外れ、片方はソムの少し上を通り、直後、バスッという音が鳴った。
「あっ・・・」
「まぁ、初めはそう上手く行くものじゃないだろ」
少しテンションの下がった二人に、ニヤリと口角を上げたミルズが指を指して
「ほら、よぉく見てみろ。」
頭上に?を浮かべて見てみると、ダイパの矢はソムの少し奥にいた二頭目のソムの頭に、カロスは水を飲むソムの胴体を、それぞれ貫いていた。
驚愕の顔の弓使い二人の横で、
「どんなに外れても良いと言っただろう?」
そう言ってコロコロと笑った。