多分、風
横断歩道を歩いている老婆が倒れた。
理髪店を営む店主は、”これは参ったね”と呟いた。
20年以上店前で、”くるくる”と周り続けた三色サインポールが倒れてしまっていた。
”これはしょうがないね。買い直すしかないよ”店主は少し悲しそうだ。
ある山では、杉の木が一本残らず倒されていた。
”さすがにこれは人為的な現象ではあるまいか”
そう指摘するテレビのコメンテーターは、ひどい花粉症を患っていた。
玄関のドアが開いている。その少しだけ開いた隙間の黒に彼女は考えを巡らせる。
”夫が忘れ物を取りに帰ってきたのかしら……それとも、私はうっかりと開けっぱなし?それとも……”
ゴミ出しから帰ってきた妻は不安げで、その場に立ち竦む。
ある国の広い草原で、沢山の風車を管理する老人は、朝起きて”晴天の霹靂”を味わうことになる。
”こんなことは初めてだよ”
そう語る彼の眼前で、巨大な風車が全て―――止まっていた。
少年はバレないように距離を十分に空ける。
大好きなあの子が、今日みたいな日でも自転車で通学している。
彼は彼女のパンツが、どうしても見たかった。
”さっきからずっと惜しいんだ。見えそうで見えやしない。—-が吹く度に、ドキドキしてるんだ”
彼は歪んだ思春期を過ごしていた。
この風が止んだなら、
これらすべての事柄は、
我々に起因するのみとなるだろう。
そうすれば、真実は明るみになり、
人は今よりもきっと正直になって、
だけど、その分すべてを受け入れる強さが求められる。
即ち、今は
つまるところ、今は
どうしたって、今は
―――多分、風のせいだろう