#5 薬草採取危機一髪
最後に三人称視点が入ってます。
異世界に来て1ヶ月。私は食堂で働き、日用品や着替えを揃えると同時に、この世界の情報も集めていました。
私がいるのは大陸最大の国土と軍事力を誇るシュテヴィーゼ帝国。場所は大陸西部から中央にかけて広がっているのですが、具体的な数字はわかりません。測量技術はあまり発展していないみたいです。帝国の中央より東寄りにあるボーデン伯爵領。その中にあるマオアー町で私は生活をしているのです。このボーデン伯爵、聞いた限りだとなかなかの良心的貴族の人らしく、重税で民を苦しめることなく、領民想いと評判でした。私が厄介な貴族に目を付けられないようにという女神様の配慮なのかもしれません。
このマオアー町で初めての拠点となった食堂を離れて宿に移った私は、丸1日かけて植物図鑑と魔物図鑑で勉強をしました。それが昨日のこと。今日は黒ランクの依頼を受ける予定です。
「おはようございます」
私はいつものお姉さんに挨拶をします。毎回この人だけど、休みってあるのかな?
「おはようございます、アイナさん」
あ、私の名前、覚えてくれてたんですね。私はお姉さんの名前、全く知らないのに。ここは聞いておいた方がいいかもしれません。後にしたら聞きづらくなってしまいます。
「ところで、お姉さんの名前って何ですか?」
「私ですか?私はシェリアと申します」
シェリアさんですね。こんな小さな私にも丁寧に……。役人の鑑というやつでしょうか。
「シェリアさん、この依頼の受理をお願いします」
私はさっき依頼ボードから剥がしてきた依頼書をシェリアさんに渡します。
「はい、少々お待ちください」
シェリアさんは依頼書を確認すると、すぐに受理してくれました。私は早速町を出て目的地に向かいました。
今回の依頼は薬草の採取です。薬草は幾つもの種類があり、大きく分けるとHP回復用、MP回復用、スタミナ回復用、状態異常回復用、ステータス強化用の5種類の薬草があります。状態異常回復用とステータス強化用はそこから幾つの種類に分かれますし、回復用も効果によって必要な薬草が変わります。今回私が狙う薬草はHP回復用の薬草の中でも1番入手が簡単なものです。下級ポーションの素材です。
鎧は胸部を保護する革鎧のみ。安価な鉄の剣は私が使い易いように標準のものより1回り小さくなっています。ポーチにはHP、MP、スタミナの回復薬と解毒ポーションが入っています。背負い袋には便利アイテムを少々。さらに採取した薬草を入れるために籠も背負っています。栗拾いとかで使う大きな籠です。
町の南門から出た私は、30分ほど真っ直ぐ歩きます。マオアー町の南には十字路があり、西に行くと帝都ヴンダーシュロスに着きます。このまま真っ直ぐ南に行くと、別の町に着き、東に行くと別の領に着きます。目的の場所はここで東に曲がり、1時間ほど進んだ所にある森です。森は街道の北側にあります。
この世界に来た時、私は真っ直ぐ南に向かって歩いていたらしく、街道の北側に広がる大森林は冒険者にとっては良質な狩場のようです。歩いて1時間の場所が、最も街道と森が近い場所で、私が出現した場所は最も遠い場所だったのかもしれません。
途中で小休止を挟みながら歩き、2時間少々かけて私は森に到着しました。私は背負い袋からノートを取り出し、今回採取する薬草を書いたページを開きます。イラストと特徴をノートの左側に、入手場所や時期などの情報は右側に書いています。これを見ながら薬草を探します。
「よし、頑張るぞー!」
私は右拳を突き上げて気合いを入れると、森へ足を踏み入れました。
この世界の森に入るのは久しぶりになります。マオアー町に来る前に木の実とかを採りに入ったことがあります。なので薬草ついでに木の実や果物を採集しましょう。今日の昼食を確保しながら薬草探しです。
お肉も欲しいのですが、捕まえても捌くための知識がないので諦めます。それに、魚とか虫なら平気ですが、兔とかは抵抗がありますし……。
とか思っていると、右前方に兔を発見。ネザーランドドワーフっぽい白い兔です。可愛いですね。ドワーフという名前がついている通り、小柄な兔です。
兔は特に危険のない動物なので放置しましょう。この森には狼のように人を襲う危険な動物の他に、一角兎のような魔物がいるようなので、そうした危険生物には注意しなければいけません。
動物は元の世界と同じ存在ですが、魔物は違います。魔力の過剰接種をして突然変異をした動植物が魔物になるようです。兎や狼なら角が生えたりしますが、狐なら尻尾が増えたり、蛇なら巨大化したり羽が生えたりと、動物の種類によってある程度の変化が決まっているようです。尻尾が増えた狐は妖怪のような気がしますが、この世界では妖怪も魔物も同じなのでしょう。
さらに魔族と呼ばれる種族も存在します。魔族は人族と同等の知能を持つ魔物の総称で、この大陸の西方に国を持っています。魔族の王様__魔王の方針で現在は世界中の人族の国と戦争をしていて、あちこちに侵略に来た魔族がいます。ゴブリンやオーク、オーガといった有名な名前が図鑑に並んでいました。
最弱の魔族はゴブリン。中級クラスまでの魔族を確認しましたが、コボルトの名前はなく、魔物の方にもスライムの名前はありませんでした。どうやらこの世界にはコボルトもスライムもいないのでしょう。冒険者になったのにスライム退治ができないなんて……。ガッカリです。金属製の素早いスライムの王様を倒しまくってガンガン強くなることもできないのです。ゲームですごくお世話になったのに……。
北上しながら薬草や果物などを採集していると、前方に看板が見えてきました。
“ここより先、初心者立ち入り禁止区域”
親切設計です。左右を見ると看板が等間隔に並んでいて、その間を白いロープが張られています。私のような初心者冒険者が間違って入らないようにしているのでしょう。しかし、この森には魔物がいます。魔族も多少はいます。壊されたりしないのでしょうか。
この先には行ってはいけないので回れ右をして、少しだけ進路をズラして南下していきます。森を出たら採集した薬草を数えて、それからまた入るか帰るかを考えましょう。そう思って歩き出した私は、道中で拾った果物を袋から取り出します。
形は瓢箪っぽく、サイズは桃くらい。色は林檎のように赤い果物です。剣で半分に切ると甘い香りがします。どことなく蜜柑のような断面の不思議な果物ですね。初見の果物ですが、毒は無いでしょう。果汁を肌に少しだけつけてみましたがかぶれたりしないので多分大丈夫。
私は躊躇なく甘い香りの謎果物にかぶりつきました。
「酸っぱっ!?」
その味は、超濃縮レモンのような、とんでもない酸っぱさでした……。
折り返し地点から歩くこと1時間。私はようやく森を抜けることができました。背中の籠には大量の薬草。町で買った木を編んで作った手提げ鞄には木の実と果物。
とりあえず休憩にして、それから町に戻りましょう。私は近くにある岩に腰をかけました。籠を足下に置き、鞄の木の実を剣の柄で砕き、果物は切って食べます。超濃縮レモンは1つだけ残して全て森に捨てて来ました。
木の実は胡桃や団栗のような形のものばかりで、見た目だけならば元の世界にあっても違和感はありません。しかし、果物は元の世界には存在しない形状ばかりです。単に私が知らないだけかもしれませんが、星のような形の果物や、蛇のような形の果物。他にもパイナップルみたいな形をした実を沢山つけた葡萄のような果物など、不思議果物が沢山あります。しかも匂いは甘いのに味が滅茶苦茶なんです。甘い果物もありますが、甘い匂いなのに辛かったり、苦かったり、酸っぱかったり。見た目や匂いが味に反映されない確率の高さにうんざりしましたが、これもファンタジーなのだと無理矢理納得することにしました。
異世界だから。なんて便利な言葉なのでしょう。不思議なことも全部その一言で解決してしまうのですから。
そうやって全力で現実逃避していたのが悪かったのでしょう。ここは魔王がいて、魔物が蔓延る異世界です。町を出れば安全な場所なんてほとんどないのです。
ガサリという茂みを掻き分ける音が聞こえそちらを見ると、そこには子供くらいの大きさの小さな鬼がいたのです。緑が混ざった茶色い肌。3センチくらいの小さな角が2つ伸びた禿げ上がった頭。森の動物の毛皮で作ったと思われる粗悪な腰巻き。木を雑に加工して作った棍棒。間違いありません。ゴブリンです。最下級の魔物ですが、群で行動する性質があるため、脅威度はそこそこ高く、黒ランク冒険者の死亡原因の大半を占める存在。臆病ゆえに群れることで調子に乗るゴブリンが6匹。それが5メートルくらいの場所に現れたのです。
戦う?無理。2匹くらいならなんとかなるかもしれないけど、6匹は流石に負けてしまいます。それ以前に、人の姿をした生き物を攻撃する覚悟が私にはまだありません。
ならば逃げる?それも無理です。今の私は完全に寛ぎモード。靴を脱いで岩の上に座っているのです。靴を履く時間はない。しかし裸足で逃げれるほど道は整備されていません。
ならばどうするか。徹底防戦です。勝つことは不可能でも、負けなければいいのです。相手に、屈服させるには高く付くと思わせることができればいいのです。そうと決まれば私は行動を開始します。
「【ストーンルーム】!」
出入り口のない石柱テントでゴブリンを1匹閉じ込めました。これが開戦の合図となり、5匹のゴブリンが襲ってきました。
「【ストーンルーム】!【ストーンルーム】!【ストーンルーム】!」
私は次々と石柱テントを増設し、ゴブリンを1匹ずつ閉じ込めていきます。しかし、4匹を閉じ込めた所でMPが枯渇寸前になり、魔法が使えなくなりました。
残るゴブリンは2匹。私は剣を抜いて威嚇します。さすがにゴブリンも慎重になり、こちらを警戒します。逃走しないのは私が子供だからなのでしょう。私はゴブリン達に剣を向けたまま岩から降り、靴を履きます。かかとを踏んだままですが、裸足よりはマシです。
「さぁ、私の剣の錆になりたい方からかかってきなさい!」
精一杯の虚勢を張って、いつか言ってみたかった台詞を言う私。こんな台詞、元の世界だと役者以外の人が言うなんてありえませんよ。
石柱テントはまだ壊されていませんが、そのうち壊されてしまうでしょう。それまでにこの2匹をどうにかする必要があります。剣で切りたくない。魔法では足留めしかできない。どうすれば撃退できるのでしょうか。そう考えいると、ゴブリン達が同時に襲ってきました。
「きゃっ!」
1匹目の棍棒を剣で受け止め、2匹目の棍棒を躱した私は、バランスを崩して尻餅をついてしまいました。1匹目がすかさず棍棒を振り下ろします。それを横に転がって躱しました。棍棒は後ろの岩に当たって壊れてしまいました。2匹目のゴブリンは私が逃げないように、足を広げて私を跨ぐように立ち塞がりました。これでは転がって逃げることができません。
魔力は少しだけ回復したので魔法は使えます。【ファイアボール】を放って倒すしかない。そう思った瞬間、私の顔の真横に鞄が落ちてきました。
(これだ!)
私は鞄から零れ落ちた果物を掴むと、それをゴブリンの顔めがけて投げつけました。私が投げたのは、真っ赤なレモンの形をした激辛果物。それはゴブリンの顔面にぶつかると、ぐちゃっと潰れて果汁を撒き散らしました。直後、ゴブリンは悲鳴をあげて両手で顔を押さえて仰け反ったのです。
カプサイシンによる目潰しです。これがどれだけ効くのかを知りたい人は、タバスコで目薬をすればいいでしょう。失明しても責任は持ちません。自己責任です。
仲間の断末魔のような悲鳴を間近で聞いたゴブリンはすぐさま身を翻して逃亡しました。これはチャンスです。私は起き上がって靴を履き直すと、岩の裏に置いた籠を回収して逃げました。鞄は回収しましたが、落ちた果物は放置です。
私は体力が許す限り走り、初めての戦闘を乗り切ったのです。
「まずは魔物から慣れていかないと……」
まずは「生き物を殺す」ということに慣れなくては、ゴブリンを倒すことなんてできないでしょう。この世界で生きるための課題の重さに、私は憂鬱な気分になりながら、町へと戻るのでした。
アイナが全力で逃げた後。そこにはトウガの実で視界を奪われ、激痛にのた打ち回るゴブリンと、石柱を破壊して棍棒を失った4匹のゴブリンがいた。甘い匂いを漂わせていた獲物の姿がないことに気付いた4匹は、のた打ち回る仲間に肩を貸し、森へと引き返した。
「あら、こんな所にゴブリンがいるなんて珍しいわね」
森の中から現れたのはアイナとあまり変わらない年頃の少女だ。空を彷彿とさせる蒼の瞳は獲物を狙うハンターのような鋭さがあった。手に持つ得物は長杖。それは少女が魔法使いである証拠である。
ゴブリン達は焦っていた。5対1という数の上では有利な状況だが、武器が1つしかない。いくら相手が少女とはいえ武器がない上に1人は戦闘不能。臆病なゴブリン達は戦意を奮い立たせることができずに、戦闘不能になった仲間を投げ捨てて逃げ出した。
「逃がさないわよ!おとなしく倒されて、私の宿代になりなさい!」
血に飢えた猛獣のような殺気を滾らせた少女は長杖を構えた。
「【ファイアショット】!」
4匹のゴブリン達は少女の放った火の礫を背中に受け、火達磨になった。悲鳴をあげる4匹を無視して少女は仲間に捨てられたゴブリンの体に慣れた様子で長杖を突き刺して仕留めた。胸を刺されたゴブリンが動かなくなる頃には、火達磨になった4匹も息絶えていた。
「さて、これで今日の宿代分は確保できたわね」
少女は満足げに言うと、銀色のポニーテールをなびかせてゴブリンの討伐証明部位の採取をするため、ポーチから解体用のナイフを取り出したのだった。
トウガの実。安直に唐辛子からネーミングした激辛果物です。
ちなみに、カプサイシンは唐辛子などに含まれる辛味成分です。




