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短編だけど少し長めな小説達。

秘境「ドルトロック」

作者: なみのり

「ドルとロック」に訪れたのは本当にたまたまだったのだ。昼なのにやけに薄暗く、しわしわの意地悪の老婆のような雨雲から、灰のように細かい雨が降る日だった。ビルに植え込まれた植物達はせっかくの雨だというのに全く嬉しそうにしない。彼らは何事にも無関心なのだ。灰色のビル群はいっそう暗度を増して、僕を見下ろす。僕はなんだか居心地が悪かった。ここには僕の居場所は無いんだ。そう直感し、僕は傘もささずに歩き続けた。僕は殆ど前も見ずに当てずっぽうに道を選んで歩いたため、どうやってそこにたどり着いたのかは分からないが、「ドルとロック」はたまたま顔を上げた僕の目の前に現れた。その店は灰色の雨で若干靄がかかった視界の大半を埋め尽くし、金色に光っていた。その光は深夜のコンビニが見せる白々しい、神々しさを自演するようなそれではない。むしろその逆とも言えるだろう。オープンな窓からは店内の暖かな黄金色の光や客達の笑い声が漏れる。店の看板には「ドルとロック」という名前が掲げられて、その横にアメリカの札束とエレキギターをあしらったイルミネーションがペカペカと光っていた。店先に置かれた花々は極彩色のドレスをその身にまとい、今から舞踏会にでも出かけるような出で立ちだった。僕は吸い込まれるように、まるで魔術にかけられたように、ドアノブに手をかける。店内の光がドアに埋め込まれたステンドグラスの赤や黄色、青や緑を通過して、路上に小さな四角い虹を残していた。僕は緊張を悟られないように、一度深呼吸をする。初めてくる店でどもりでもしたらかっこ悪すぎる。そんな思考が一瞬頭をよぎったのだ。僕はゆっくりとドアを開けた。


「いらっしゃ〜い!」

ドアを少し開けただけでドアベルがリンリンと鳴り響き、カウンター内の店主らしきカバみたいに大柄な女性が、ミュージカルでも始めるみたいな声音で僕を歓迎した。店内はパブのようになっていて、黄色の明かりが木製の店内によく映えている。なかなか広々とした造りだった。他の客たちも一瞬だけ僕を見ると、すぐにそれぞれの作業に戻っていった。それぞれの作業。つまり酒を少しずつ飲んで談笑しながらチェスをしたり、酔いつぶれて耳まで真っ赤な顔を両手と机に埋めて呻いたり、テーブルに何も乗っていないのにただそれが当たり前と言うように座っているだけの客などだ。僕は先程と打って変わって一気に臆病になる。ここはまともな店なのだろうか?今からでも帰ってしまおうか?

「ささ!あんた、早くこっちへ来なさいな。」

僕が迷っていると、店主が僕に手招きをする。店主はとても豊満な体型で、首がなくなるくらい幾重にもシワがついている。薬指以外の全ての指に大粒のルビーやサファイア、ラピスラズリ等の燃えるように煌めく宝石の指輪を付けている。顔はあどけなくも快活な少女みたいで、幼き頃特有のはずの可愛らしさが見て取れた。僕は彼女の一言でまたもや魔術に掛けられ、しかし今度の魔術には一抹の恐ろしさを感じたが、いつの間にかカウンターに座らされていた。

「まあまあまあまあ。あんた、随分ずぶ濡れちゃてねぇ!まるで捨てられた子犬みたいよ?ねぇそう思わない?ジョーカーズ!」

店主はまたもリズムをとって話す。本当に歌って踊りだしそうな勢いだ。…僕は確かになよなよしているとか、いつも元気がないなとか言われてきて、そんなのには慣れたはずだったが、捨てられた子犬というのは別のベクトルで少し腹が立つ。僕と同じくカウンター席に座り真っ赤な顔を埋めていた、ジョーカーズと呼ばれた純日本人らしき男が直ぐさにこちらを見て、

「ああ!こいつは確かに捨て犬みたいだな!特にこの活力のない眼がいけねえなぁ。それもひでえ負け犬の匂いがする!」

とまで言った。相当酔っ払っているようだが、僕はコンプレックスの眼の事を言われて腹を立てる。酔っ払っているからといってなにを言ってもいいわけ無いだろう。僕はその間ずっと黙っていた。

「駄目よジョーカーズ。彼、気にしてるんだから。」

店主は店主で前から僕を知っているかのように話し出すから、僕は全く混乱してしまった。なんなんだここの人たちは。何処かにまともな人はいないのか。

「ねえ、パピーちゃん。ドルトロックにまともな人なんかいないのよ!皆何処かおかしいからここに来るんですものね!」

僕は自分に向かって話されていた事に気づくのに数秒かかった。「パピーちゃん」はあだ名だろうか?それに「ドルとロック」のイントネーションがおかしい。まるで異国の一つの単語みたいだ。僕は店主さんに聞いてみる。

「「ドルとロック」ではないんですか?」

店主さんは、これから話すことが楽しみでたまらない!とでも言うようにたるんだ頬をタプタプと動かしたあと、平静を装いながら話しだした。

「いいえ。ドルトロックよ。この店の名前はドルトロック。幾年も前に決められた名前ね。客のみんながそう言うんだから間違いないわ。この店はドルトロック。」

つまり客がそう呼ぶようになって定着していったのだろう。そんなに珍しい話じゃない。

「いつの間にかそうなっていたわ。それともパピーちゃんならもっと素敵な名前を思いつくのかしら?ちょっと聞かせて見せて!」

店主は僕を試すみたいに、暫くこちらを伺っていた。僕はそれに気づかないふりをしようとしたが、その限界まで見開かれたみたいな目にとうとう負けて、一つ適当な名前を聞かせてみせた。相当笑われた事を覚えている。店主が笑うと地響きでも起きたかのようにガランガランと店中が揺らいで感じた。僕は名付けが苦手なのだ。前に貰ってきた猫もそれが嫌で逃げ出してしまったくらいだ。

五分ほど笑い続けた店主は、その後店のオレンジ色が溶け込んだ透明な水を時間をかけて飲んで落ち着いた。僕はその長い時間を自分を慰めるのに努めた。店主はまだ僕に興味があるようで、ただで、ワインだろうか、それにしても赤みが強い気がする、紅色の酒を出すとこんなことを聞いてきた。

「ねえねえ!せっかくなんだしなにかあなたの話を聞かせて頂戴な!若い子の話はいつもスリリングでヴァイオレンスでハートがドキドキズキズキするものばかりだわ!さあ、早くなにか聞かせて頂戴!」

僕は話さないと店主からのマークを抜けられないと悟って、下らない自分のことをイチから語りだす。…特に特筆すべきことは無いと思っていた。が、彼女に会ってからは違う。僕は彼女の美しさを劇作家や受賞作家も顔負けの繊細で時には暴力的な描写を交えて語り、異国の大統領も泣いて逃げ出す程の雄弁さで二人の間を分かつ巨悪の壁への怒りを爆発させた。その間に僕はいつの間にかあの不気味な酒を飲み干していたようだ。しかもボトルまで出ていて、それも空だ。店主はグゴーグゴーと巨大ないびきをかいて寝ていた。歯並びは綺麗だが、クチの中は洞窟のように薄暗い。時刻もいつの間にか夜半だ。客も例のテーブルに何も乗っていない男だけが、僕が入ってきたときと同じ体勢で座っているだけだった。別に必要は無かったが、僕はこっそりと店を出た。酒は店主の奢りだし、いつまでもここにいたら頭がおかしくなりそうだ。

僕は夜の街に飛び出し、夜空を眺める。雨はいつの間にか止んだようで、一番星と月が宝石でもステンドグラスでもない本物の輝きを見せている。街灯は目玉を爛々と輝かせて一点をじっと見つめ、ビルは冷え切った夜の街に同化し、ひっそりと時を待つ夜の生き物のようだ。明日、彼女に謝りに行こう。僕はそう決心する。世界はこんになにも美しく、気高く、暴力的なのだ。少しくらい僕が欲張ったって気にはしないさ。そう思った。

書くの大変だった…。


お恥ずかしながら文章の仕事を目指しています。先はまだまだまだ遠いですが、一生懸命1歩ずつ頑張りたいと思います。アドバイス等をどしどし下さると助かります。

コメントも一言貰えるだけでモチベーションが凄く上がるので、お暇であればお気軽にお願いします。

毎日1話以上の投稿を目指していて、今日で20日目、今日1個目の投稿です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。退廃的な雰囲気がよく伝わってきました。 [気になる点] ぎっしり書いたのは手法でしょうか? [一言] また後日他のに当たらせて頂きます!(^_^)
2018/04/19 08:58 退会済み
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