第五話 廃墟地区
暴君散歩はまだ続く。
「いやぁ、悪い悪い、つい興奮した。改めまして、アクセサリの売買してるアルベルトだ」
からからと笑いながらアルベルトはそう名乗ることで場の空気を仕切り直した。結局少年が落ち着いてくださいと言うまで彼の言葉のマシンガンは止まらなかったのだが、ちゃんとしている時はちゃんとしている青年のようだ。胡坐をかき、照れ臭そうに笑っている。少年はほっと安堵しながらもう一度名乗った。
「レオンです。アルベルトさんはアクセサリに詳しいんですね」
「あぁ、まぁな。特にギアシリーズって強化専用のアクセサリな部分があって廃棄されることが多くて、あんま市場に出回らないんだよ。だからつい」
「そうなんですね…」
少年はアルベルトの説明に納得したように一度軽く頷いた。元々いたドームでもアクセサリを使用して空を飛んで来たり火を出したりする友人は居たのだが、少年のアクセサリはそういった特性がなかったのだ。それ故に少しの劣等感を抱いていたのだが、このアクセサリはそう言う意味があったらしい少年は少し考えてからアクセサリを外す。
「これで良ければ、差し上げますよ? 俺使わないですし…」
「いや、ちゃんと金は払う。今持ってないからあとで店来れるか?」
「えっと…」
少年はハノイを見た。一応ここに来たのは彼に誘われた散歩だからである。しかしハノイはその視線に気付き、満面の笑みを浮かべた。
「アルベルトのお店面白いよー!」
「そうなんだ。じゃあ、あとで行ってもいいですか?」
「ここで断ったら、俺おかしい奴だろ」
けらけらとアルベルトは笑った。確かに、と少年も苦笑する。それから、アルベルトの後ろに寝っ転がって未だに眠っている青年に視線を移した。アルベルトがかなり大きな声を出したのにもかかわらずずっと眠ったままだ。少年の視線にアルベルトはちらりと振り返り、納得したような表情になってその青年を指さす。
「あぁ、こいつはハイライン。一日の半分くらい寝てるから気にすんな」
「そ、そうなんですか…」
「でもせっかくだし叩き起こすか」
「え」
アルベルトは自分で納得すると思い切り寝転がっている青年の脇腹を掌で叩いた。べち、と音が鳴り、青年の体がびくりと跳ねる。アルベルトはそれを全く気にせずにそのまま肩を揺さぶった。
「おいハイル、ハイライン。起きろてめぇ」
「…んぅ」
「お前何時間寝るつもりだよ。ハノイが来てるぞ、起きろ」
アルベルトが何度も叩いたり揺さぶったりすると、クッションを抱きしめていた青年の腕が彼の腕を掴んだ。そして頭を動かしてアルベルトを見上げ、少し不機嫌な声を出す。寝起きだからか少し掠れており、近くにいる少年がやっと聞き取れる程度の声量だった。
「…良い夢見てたのに」
「知るかよ。現実は小説より奇なりって言うだろ、なら夢より現実のが良い夢だろうよ」
アルベルトは呆れたように言ってその頭を軽くはたく。ぺち、と先ほどより軽い音がした。さすがに手加減しているらしい。「いて」と反射で口に出したような声を上げて、青年はゆっくりと体を起こした。灰色の髪の少し長い襟足を手ですきながら少年を見る。その目はいつか見た海の写真のような青だった。装着しているノズルハーネスの位置を調整しながら、彼は少年に問いかけた。
「…誰?」
「レオンと言います、初めまして」
「あぁ…やっぱり初対面だった…」
道理で、と呟きながら青年の体勢はゆっくりとずれてアルベルトにもたれかかるような形になる。重い、と言いながらアルベルトは彼の体を押し返し、結局木の幹にもたれるような形で落ち着いたようだった。青年はぽやんとした目でゆっくりと瞬きをしながら口を開く。
「ハイライン、ですー」
「ハイラインさんですか」
「そう…勝手に略されるけど、アルとか…ハノイとか…」
ハイラインはそう言って軽くアルベルトを小突く。しかしアルベルトはそれに対し何も言わなかった。どうやら先ほど散々小突いたのでその仕返しだとでも思っているらしい。手元のアクセサリをまた弄り始めながら、アルベルトは顔を上げずにハイラインを指さす。
「こいつ今寝起きだからぽやぽやしてるけど、普段もうちょいましだから」
「ましとか…お前が起こしたんだろ」
「寝すぎだ馬鹿犬」
アルベルトに言われ、ハイラインは口を閉ざす。そのお互いの様子や雰囲気から、遠慮などが必要ない程度の仲良しだという事が窺えた。ハノイは楽しそうに体を揺らしながらにこにこと笑う。
「えへへー、ハイラインとおしゃべりするの久しぶりー」
「そうだっけぇ…?」
「そうだよー、ぼくが来たときいっつもハイル寝てるもーん!」
「だって、眠いんだもーん…」
そう答えながらハイラインは眠そうに目を閉じる。しかしすかさずアルベルトがその脇腹を小突いた。ハノイはそれに楽しそうに笑い、少年の腕をちょいちょいと引っ張る。
「あのねー、レオンちゃん新入りだからねー、ぼくが案内してたの!」
「散歩に付き合わせた、の間違いだろ」
すかさず言ったアルベルトの言葉に、お察しの通りです、と少年は心の中で答える。どうやらハノイとこの二人の関係もかなり深い物らしい。「えー」と抗議するハノイが頬を膨らませると、ハイラインは指を伸ばしてその頬を突いた。ぷすー、と空気が抜けるのに微笑みを浮かべる。
「ハノイ、ハムスターみたい…」
「お前小動物好きだよな、見たことないくせに」
「本で読んだ。可愛いよ、写真とか挿絵の小動物。アルよりも可愛いよ」
「俺の方が可愛かったらお前の目と頭は溶けてる」
きっぱりとアルベルトは言った。「そうだねー」とハノイも笑い、可愛らしいその笑みに少年も少しつられて笑う。ふと、遠くで聞こえる喧嘩の音を聞いてここが廃墟地区だったことを思い出した少年は周囲を軽く見回してから誰に言うでもなく問いかけた。
「そういえば、喧嘩してましたけどいいんですか?」
「あ? あー、あいつらか。別にいつもの事だしな」
「うん…いつも元気そう」
アルベルトはあっけらかんと言い、ハイラインも言う。元気そうと言うよりかは元気が有り余りすぎた結果のようにも見受けられなくもないのだが、彼にとってあの喧騒は「元気そう」な物らしい。少年は曖昧に笑い、ハノイはけらけらと笑ってから立ち上がる。三人で見上げると、彼はにっこりと笑った。
「じゃあぼく、あっちの人と遊んでくるね!」
「おぉ、手加減はしてやれよ」
「わかってるよー!」
ハノイは大きく手を振りながら喧噪の方に駆けて行き、ハイラインはそれに手を振り返す。アルベルトに至っては返事を聞いた後興味がなさそうに手元のアクセサリに集中していた。少年はぱたぱたと危なっかしく駆けて行くハノイの背をはらはらしながら見送り、その姿が消えてから数十秒後、喧嘩のざわめきではなく悲鳴が上がった事で我に返った。
「いや、遊ぶってレベルじゃなくない?!」
「今かよ」
「ハノイはいつもあんな感じだよ…」
二人の言葉に少年は苦笑する。慣れろ、と言いたげに肩を叩いたアルベルトに、少年は心の底から安堵した。ここにも常識人はいる、と。
次回くらいに暴君散歩終わらせたい。
いつかハノイが暴君と呼ばれるようになった経緯とかスピンオフで書きたいものです。
次回「御店訪問」
頑張ってはいる。