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第二話 最下層民

第二話。

ドームの中の事を少々。

最下層にて

第二話 最下層民



少年の言葉に、女性は「やっぱりか」と呟いて深く息を吐いた。どうやら少年の言葉を信じてくれるらしい。少年は初めて会った理解者に身を乗り出して言った。

「俺は何もやってないんです!つるんでた奴らが強盗だってのも知らなくて…」

「ま、それよくあるよ。冤罪でも有罪でもこの場所の処遇は変わらない」

女性は少し悲しげな目でそう言った。それから明るく笑い、少年の肩を叩く。

「まぁ、考えな!そういうつるんだ連中はもうここに居ないし、ここもそんなに悪くないよ!」

「そんなぁ……」

少年は眉尻を下げて女性を見上げた。まさか信じてもらえた上でこの現状を受け入れるよう言われるとは想定していなかったのだ。シニカルな笑みの女性は腕を組み、椅子の上で胡坐をかく。そして空のジョッキを横にのけ、胸に手を当てて口を開いた。

「あたしはアニー。本名はアンジェリカだけど、ここじゃ本名は基本使わないからアニーでいい。あんたは?」

「れ、レオン=ジャックハートです……」

「じゃあレオンって名乗っときな。ここで本名名乗ると色々厄介だから」

女性…アニーはそう言って片手をひらりと振る。少年が頷くとほぼ同時にジョッキとトレイを持った先ほどの店員が戻ってきた。「おまたせ~」と言いながら二人の前にそれぞれの料理を置く。美味しそうな料理に少年はごくりと喉を鳴らした。冤罪で捕まってからろくに食事は喉を通らなかったので、久しぶりに感じる空腹感になる。その様子にアニーはケラケラと笑って料理を掌で示した。

「ま、食べな。食べながらここの話してやっから」

「ありがとうございます。……いただきます」

少年は手を合わせてから料理に箸を伸ばした。肉を一切れ箸でつまみ、一度白米の上に置いてから口に運ぶ。途端に口の中に広がるタレは塩っ気が強すぎることなく、ほんのりと玉ねぎの甘みとショウガの匂いを含んでいる。その適度に濃い味付けに続けて白米をかき込むと炊き立て独特の甘さがした。骨に沁みるような美味さに少年はじんわりと心が温まるのを感じる。アニーはそれに笑みを浮かべながら発泡酒を飲んだ。

「ここらへんでこの店が一番美味いよ。ここらの住人は平和主義者だし、軽犯罪とか冤罪とか、あとは進んで来た奴らばっかだ。運が良かったね」

「むふぅ…美味しいですね。他のとこは危なかったりするんですか?」

「んー、東の奥の辺り、廃墟区域はちょっと危ないかな。二つのギャングがテリトリーを持ってて、その境界線に当たるから喧嘩してる奴も多いよ」

アニーの言葉を少年は頭の中のメモ帳に叩き込んだ。口の中に入っているご飯を飲み込み、それから次の肉に箸を伸ばしながら問う。

「そのギャングたちは危ない人たちなんですか?」

「傷害事件でここに送られたような奴らだよ。人を殺したりするような奴らではないけど……」

はぁ、とアニーは溜息を吐いた。少年が食事を続けながら首を傾げると、その視線に気が付いて何でもないと言うように首を横に振る。そして少し困ったような笑顔を浮かべながら頬杖をついた。

「あいつらのリーダー同士は仲良いんだけどねぇ、構成員同士の仲が悪いんだよ」

「珍しいですね」

「でしょー? じゃ、とりあえずここで生きていくうえで逆らっちゃいけない人間を教えてあげよう」

アニーはそう言って発泡酒をあおった。少し酔ったのか頬を染め、三本指を立てる。少年は相変わらず箸を動かしながらそれを見つめた。まず一本目を折り曲げながら、アニーは言う。

「まず一人目はギャングのリーダー、アルベルト。アクセサリの修理回収売買してる奴で、“シグザウエル‐32”を持ってる。短気だけど気さくな良い奴で、こいつに逆らった場合周囲の人間が敵に回っちゃうから危ない」

「アクセサリの修理回収売買って言うのは?」

「それは後で話す。……で、次、二人目」

アニーは二本目の指を折り曲げた。

「同じくギャングのリーダー、ハイルことハイライン。マズルハーネスつけてクッション抱えてる。“ケルベロス‐61”を持ってて、野良犬と仲良し。ま、こいつも周囲が厄介なだけで本人は無害だ」

「マズルハーネスって、犬が口にはめてる奴ですよね?吠え防止とかの」

アニーは一つ頷いた。犬用の道具をはめている人間とは、と少年は想像しようとしたがなかなか難しい。そんなことを考えながらサービスでついてきた味噌汁を啜る。アニーは三本目の指を折り曲げ、そして真剣な表情で言った。

「三人目、こいつが一番危険人物だ」

少年はお椀を置いて「危険人物」とおうむ返しに言う。アニーは少しだけ声を潜め、真剣な表情のまま言った。

「“暴君”ハノイ」

「暴君……?」

「あぁ。あいつはチームを組んでるわけでもないし、敵対してるわけでもない。絶対中立、だからこそ厄介だ。アクセサリを複数持ってて、笑顔で人を殴り殺すような性格もしてる。あいつを不機嫌にさせるな、分かったね?」

少年は静かに頷いた。アニーはそれに笑みを浮かべて「危険人物は以上!」と言う。まだ温かい味噌汁を啜りながら、少年はもう一度疑問に思っていたことを口に出した。

「で、アクセサリ云々ってのは?」

「あぁ、アクセサリの修理回収売買な。ま、名前の通りだ」

アニーは発泡酒をぐびぐびとあおり、美味そうに呼吸した。その持ち手から指を離さず、もう片手の人差し指を少年に向けて言う。

「上の方のドームじゃ、アクセサリの高純度が優先されてんのにそこまで必要ないんだわ。それは売られたり買われたりして、最終的にここにつく。それを買って改良したり修理したりして売るのがアルベルトの仕事」

「いい仕事ですね……他にその仕事をしている人はいないんですか?」

「ん、いねーよ。元々アクセサリは複雑で、下手にいじるとぶっ壊れるからな。ハイリスクハイリターンってやつだ。上手く出来るのはアルベルトくらいのもんだろーよ」

アニーはそう言って机に突っ伏して笑う。少年は味噌汁を飲み干して苦笑した。するとふと背中に誰かがぶつかり、「いてっ」と反射的に声が出る。振り返る前に背後の少し高い位置から慌てた声がした。

「あれっ、ごめんね、ぶつかっちゃった?」

少年が見上げると、そこにいたのは黒髪を後ろに撫でつけた高身長の青年だった。黒いハイネックにロングコートを着込んでおり、手には杖をついている。その目は両方とも閉じられており、少年はあわあわしている青年に首を横に振った。

「大丈夫ですよ、大丈夫でした?」

「うん、僕は問題ないよ。この席に人が座ってること全然ないから、気抜いてて……ごめんね」

青年は眉尻を下げて謝った。少年が何を言うか迷っていると女性がいつの間にか顔をあげ、あれー、と口を開く。

「フクロウじゃん、めずらしー」

「あ、その声はアニー。お久しぶりですね」

青年はアニーの声ににこりと笑う。少年がアニーを振り返ると、彼女はシニカルに笑って青年を掌で示した。

「こいつはフクロウ。生まれつき目が見えないけど旅好きな困ったちゃん」

「困ったちゃんだなんて、酷いですね。初めまして、フクロウといいます」

青年…フクロウは困ったように笑ってから手を差し出した。しかしその位置は座っている少年の目線辺りで少しずれている。少年は少し体をずらし、その手を握った。

「レオンです、今日ここに来ました。よろしくお願いします」

「レオンですね、覚えました。ここは住みよい街ですよ、どうぞよろしく」

フクロウはにこやかに笑う。目が見えていないのに普通の人と一緒に暮らすことが出来るのか、と少年は少し驚いた。今まで住んでいたドームでは目が見えなかったり耳が聞こえなかったりする人は地区が分けられ、彼らが不自由しないように彼ら専用の設備が整えられていたのだ。少年の沈黙を何と捉えたのか、フクロウはにこやかな笑みを浮かべたまま言う。

「僕は普通の人と一緒に生きてみたくて、この街に来たんです。このドーム、と言った方が正しいでしょうか。どちらにしろ僕にはドームがどうなっているのか見えないので、街のような物であながち間違っていませんが」

「へぇ……」

「ではもう少しお話ししたいのですが、食事をとって眠らねばなりません。僕はこれで失礼します、またどこかで会ったら声をかけて下さいね」

「はい、分かりました」

「じゃーな、フクロウ」

少年が手を離すと、青年はにこりと笑って片手を振った。アニーの言葉が聞こえた方向にも手を振り、店の奥に進んでいく。それを見送ってから、少年は残った料理を全てかき込んで飲み込んだ。良い食べっぷりだ、と笑うアニーさんに口元をティッシュでふきながら尋ねる。

「お勘定とかはどうすればいいんですか?」

「あぁ、カウンターに行ってカード渡せばいいんだよ。次どっか行くの?」

「いえ、今日は帰って寝ます。疲れちゃいました」

少年が苦笑すると、アニーは明るく笑った。そして立ち上がった少年に大きく手を振る。

「ま、気楽に過ごしなさいな。あたしはほぼ毎晩ここにいるから」

「はい、それじゃ、また」

少年は軽く頭を下げてカウンターに向かった。店員にカードを渡すとなにやらカードリーダーのような物にそれを通し、それからカードを返却される。

「またどうぞー」

そんな声を背中にかけられ、少年は店を後にした。接客態度はどのドームも同じらしい。そんなことを考えながら、新居までの道のりをのんびりと歩く。先ほどよりも人は少ないので、ほとんどが家に帰ってしまったのだろう。今までのドームのように自動的に空が暗くなることはなく、明るさで時間を知るのは不可能のようだった。店や建物の明かりが赤錆色の街並みを照らしている。見上げるが、一番上は暗くて何も見えなかった。最初の建物はかなり高い位置にあったのでほぼ全てがおぼろげながら見渡せたのだが、ここからは無理なようだった。少年は少し笑みを漏らし、家の扉をカードキーで開錠して中に入る。

チェーンをして開かないようにしてからテーブルの上に財布を置き、ベッドにダイブする。少し硬いような気もしたが黴臭くもなく、新品のような匂いがした。それを胸いっぱいに吸い込み、深く息を吐く。体も心も、やはり疲れていたようだ。すぐにウトウトと眠気がやって来てどうにか靴を脱いで掛布団を体の上にかける。そして着替えることなく、彼はすぐ眠ってしまった。



少年が眠りについてから、数時間後。日付が変わる頃、静かになっていく町の広場に一人の少年がいた。白いブラウスにチェック柄の長ズボンというここでは珍しく上質な生地の服を着ている。ぶらぶらと足を動かして何かを待っていたような彼は前から歩いてきた人を見てぴょんと椅子から降りた。そして彼に駆け寄り、声をかける。

「フクロウ、遅いよーっ」

「おや、申し訳ないです。今日はお店が混んでいて」

青年…フクロウは両手に大きな紙袋を抱えていた。少年の声にそちらを見て軽く謝る。少年はそれの片方を受け取り、少し頬を膨らませた。淡い茶色の巻き毛がその頬を縁どるように動く。

「もう、混んでたなら仕方ないなー。フクロウのせいじゃないやー」

「おや、怒るつもりでしたか?」

「もちろんだよーっ。フクロウ、また忘れたのかと思ったもーん」

頬を膨らませる彼にフクロウは苦笑して「すみません」と言った。歩き出した彼に少年も追うように歩き出し、隣を歩く。カツ、カツ、と杖が地面を叩く音が人の少ない町に響いた。二人で歩きながら、ふとフクロウが口を開く。

「そういえば、この街にまた新しい人が来たようですよ」

「へーっ、どんな人?」

「少年の様でした。アニーと一緒にいましたよ」

「アニーは面倒見いいからねー」

少年はそう言ってから楽しそうに笑った。フクロウは少しだけ首をかしげて彼の方向を見る。

「どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないよー。友達になりたいなーっ」

「友達に慣れたら素敵でしょうね」

「でしょー?」

とても嬉しそうに笑う彼にフクロウも微笑む。するとバランスが元々危うかったのか、紙袋からリンゴが一つ転がった。フクロウは足を止めて周囲をきょろきょろと見るように首を動かす。

「すいません、何か落としたようです」

「リンゴだよー、拾うよー」

少年は落ちた林檎を拾い上げて軽く払った。どこも傷はついておらず、ゴミもついていない。それに満足そうに笑ってフクロウの持つ紙袋の中に入れ直すと、重さと音で把握したらしい、フクロウは安心したように笑う。

「ありがとうございます、ハノイ」

「どーいたしましてっ。ほら、はやくかえろー!」

愛らしい笑みで言って歩き出した彼に、フクロウも微笑みを浮かべたままそれに続く。

静かなドームはやがて全ての明かりが消え、作り物の夜を迎えた。



第二話でした。


次回「日常会話」

鋭意執筆中。

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