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第一話 墜落少年

ずっと書きたかったお話を、折角なので。

スチームパンクかスチームパンクな感じになるかしら。

汚染された地上を捨て、人間が海の中に建設したドーム型の都市に移住してから、百年。人工が増えるごとにドームは増設され、次第に深くへと人類の居住区は増えていった。既にその数は二十を超え、ドームにも階級が出来、上流階級の人間は太陽の光の届く上部のドームへ。下に下がるにつれてその階級は下がり、最下層のドームは追放された罪人と迫害にあって逃げ込んだ社会的弱者の居場所となった。

そして、ある日。中流階級のドームに住んでいた少年は初めて最下層へと足を踏み込んだ。


最下層にて

第一話 墜落少年


少年はエレベーター特有の落ちる感覚に小さく息を吐きながら、少しうつむき加減で立っていた。その両脇には屈強な男性が二人立っており、少年の両手はくすんだ銀の手錠で拘束されている。少し汚れたニット帽から覗く目は落ち込んでいて、とても困ったように数度その視線を彷徨わせていた。しかし二人の男性はそれに気付かず、また少年を労う事もなく、ただずっと正面を見つめて立っている。その身を包んでいる紺色の制服はこのドーム全てを管轄する“軍警”の物であり、彼らの襟にはその証であるバッジが輝いていた。少年は知っている、彼らに何を言ってもこの状況は変わらないという事を。

くすんだ茶色のブリキのエレベーターには窓はなく、ただ真っ直ぐ降下を続けていた。階数表示もなく、壁にボタンはあるが、それに何の表記もない。何故ならこのエレベーターは専門の人間が常駐して動かす為、一般市民がその仕組みを理解する必要はないからだ。それは一般市民が勝手にドーム内を行き来するのを禁じる為でもあり、そして彼らの目的地から勝手に逃亡されないためでもある。

やがて軋んだ音を立ててエレベーターは止まり、男性はボタンをいくつか押して扉を開いた。少年は顔を上げる。その外にも数人の同じ制服を着た人間がおり、向けられた冷たい目に少年は再び視線を落とした。

「出ろ」

背を押され、エレベーターから歩いて出る。そこは狭い部屋で、少年はそこで立ち止まらず、その正面の壁にあった扉を出てそこで立ち止まるよう命じられた。それに従うと背後で金属音がし、カチャン、という軽い音を立てて両手が自由になる。少年は両手を前にやって数度手を閉じたり開いたりを繰り返した。扉の外はロビーの様で、少し先に自動ドアがある。しかしカウンターには誰もおらず、今来た部屋以外に扉もなかった。

手錠を外した男性は自分の持っていた麻袋から中身を取り出して少年に差し出す。それは小さな歯車の装飾がついたピアスだった。少年は慌ててそれを受け取り、自分の左耳につける。男性はそれをじっと見ていて、少年がピアスをつけ終えるとウェストポーチから端末を取り出した。そして少年を見る。

「レオン=ジャックハート。罪状は窃盗罪及び業務執行妨害。強盗団の構成員の一人であることも考慮し、最下層への追放という処罰を言い渡された。間違いはないな?」

「……はい」

少年は少しの沈黙の後頷いた。男性は端末を仕舞い、自動ドアの方を示す。少年は彼に頭を下げ、そちらに足を進める。自動ドアは音もなく開き、そしてその先に見えた景色に少年は足を止めた。今まで住んでいたドームとは比べ物にならない程雑多で、まるで子供が積み木で作り上げた家を本当に住める家で作ってみましたと言わんばかりの違法建築がドームの外壁にへばりつくように遥か頭上まで続いている。あちこちに張り巡らされた吊り橋や浮島のような広場がそれを繋いでいる。少年はしばらくそこに立ち尽くし、その光景に驚いていた。

彼が今まで住んでいたドームや学校の見学として訪れたほかのドームは、かつて人間が地上に居た時の光景を忠実に再現しており、一軒家やマンションなどが建つ部分や川や公園などもあったのだが、このドームはそうではない。他のドームにはあった空もなく、整理されてもおらず、全体的に錆びたような色をしている。自分は今日から此処で暮らすのだと思うと、眩暈がした。

「と、とりあえず家に行かないと…」

少年は慌てて自分のポケットからプリントを取り出す。そこには彼が政府より与えられた自分の家の地図が載っていた。何の慈悲なのか、このドームの居住区は全て政府が無料で市民に宛がっている。ある程度までは食事も税金によって払われ、それを望んでこのドームに来る人間もいる、とは彼も知っていた。この場所から家への地図を確認して顔をあげ、歩き出す。錆びた階段を降りて広場のような場所に出ると、そこにはそれなりに多い人間が居た。しかし、その誰も少年には興味を示さずに一瞥すらしない。それが少し寂しくもあり、同時に気が楽だった。


少年の新たな家は、先ほどの建物からそこまで遠くはなかった。集合住宅に船が突き刺さったような外観だったので少し心配したのだが、階段を上ると中は案外普通の住居で安堵する。彼の家はその集合住宅の四階で、船が突き刺さっている階の一つ上だった。両隣には部屋があり、中には最低限の家具がある。それなりに狭いが、一人暮らしならばそこまで不自由ではない程度の広さだった。テーブルの上には冊子があり、少年は椅子に座ってそれを開く。それはこのドームでのルールブックのようだった。

ルールブックいわく、住居に関する費用は無料。食費に関しては全員に配られる食事用カードの他にその稼ぎに応じてカードが配られ、一定以上の食事をする場合はそれを金銭の代わりに使用するらしい。また、そのカードは食費以外にも使用でき、服などを購入することも出来る。つまり、そのカードがここでの金銭だということだ。それ以外は特に他のドームとは変わらず、少年は冊子を閉じて置いてあった場所に戻す。その隣には数枚のカードが置いてあり、一枚は身分証明書だった。そしてもう一枚は食事用のカードで、もう一枚は家のカードキーと書いてある。アナログな外観なのにも関わらず、家のカギはカードだった。

「……なんか、不釣り合いだなぁ」

少年はそう呟いてカードキーを指でつまむ。それからポケットに手を突っ込み、中身が入っていない財布にそれを入れた。食事用カードと身分証明書も入れ、チェーンをズボンのベルトに通す。それからずり下がって来たニット帽を押し上げて時計を見上げた。壁にかかっている古びたアナログ時計は何故か二つあり、“午後”と書かれている方の時計だけが秒針を動かしていた。どういう仕組みかは分からないがもう一つが“午前”と書いてあるのを見る限り、午前と午後で動く時計が違うらしい。動いている時計は六時半を示しており、もうほとんど夜だという事にようやく気が付いた。とりあえず立ち上がり、窓から外を見る。

「どっか、食べるとこあるかな」

船がかなり邪魔だったが、下の広場に食事が出来るであろう場所を見つけ、少年は踵を返して家の外に出た。カードキーで施錠し、階段を降りて下の広場に出る。そこにはやはりそれなりの人がいて、テラス席でご飯を食べたり足早に歩いて行ったりとそれぞれの時間を過ごしていた。良い匂いのする店に歩いていき、恐る恐る扉を開く。そこは酒場のような場所で、広場より遥かに賑やかだった。

「いらっしゃい!」

カウンターの中に居た陽気そうな女性が大声で叫ぶ。少年はすぐそこの空席に座った。咳のメニューを開くと値段は書いておらず、代わりに“配給カード”、“カード一枚”、“カード二枚”と書かれている。それを眺めていると、不意に声をかけられた。

「少年君、この店は初めて?」

「えっ、あ、はい」

そう声をかけてきたのは斜め前の席に座る女性だった。タンクトップに麻のズボン、と飾り気のない服に身を包んでおり、背中まである黒髪は特に括られてもいない。額にゴーグルを上げており、頬には絆創膏を貼っていた。そのタンクトップから豊満な胸の谷間が見え、少年は少し視線をずらす。女性は大きなジョッキに入った発泡酒をあおっており、少年の言葉に「そうかそうかぁ!」と陽気に笑って少年のメニューに手を伸ばした。それをテーブルに置いて開かせ、指さす。

「この店はカード何枚って書いてある奴以外全部、追加料金とかそういうの無しで買えんだぜー。だから配給カードって書いてある部分からなんか頼めばオーケー」

「へぇ……ありがとうございます」

少年が礼を言うと、女性はひらひらと手を振った。それから発泡酒をあおり、大声で店員を呼ぶ。

「おぉーい、お酒おかわりー!あとこの坊ちゃんオーダーするってー」

「はいよー」

先ほどカウンターの中に居た店員がやって来て、少年は慌ててメニューから気になる物を選び、それを指さして名前を読み上げる。

「えっと、豚肉の生姜焼き定食、一つください」

「はいよ。アニー、あんたは発泡酒でいいんだね?」

「もちろんでしょー!お酒、お酒~」

店員はそれに苦笑した。それからふと少年を見て、首を傾げる。

「あんた、新入り? 見ない顔だ」

「え、あ、はい……今日、ここに」

少年がそう言うと、店員は頬に手を当てて「まぁ」と言った。しかしすぐに笑って少年の肩を叩く。

「まっ、ここもそんな悪いとこじゃないよ!そう落ち込みなさんな!」

「ありがとうございます」

店員は笑みを返して戻っていった。それを見送ってから、少年は自分が女性に見つめられていることに気が付く。彼女はいつの間にか額に上げていたゴーグルを目元に下ろしており、そのレンズの向こうから視線を送っていた。少年が首を傾げると、彼女は眉間に皺を寄せて口を開く。

「おかしい」

「へ?」

「あんたには罪の色がない」

女性は突然そんな事を言った。少年は目を瞬かせるが、思い当たる節に居住まいを正した。女性はゴーグルの側面を何やら指先で操作し、それから首元まで引き下ろす。そして机に身を乗り出して少年に言った。

「あんた、どうしてここに来たの?」

「えっと……どうしてそれを?」

「あたしのアクセサリは“カメレオン-42”。人の過去くらい見えるのさ、色だけど」

女性はそう言って胸元のゴーグルに触れた。アクセサリ、とは全ての住民に配られたその人だけが使える道具である。カメレオン、ケルベロス、ハイネ、などそのアクセサリの機能にまつわる名前と、小さければ小さいほど上質であるという証のナンバーを繋げて個体名称となっている。少年もアクセサリは所有していた。たとえこの最下層のドームに追放されても、アクセサリだけは奪われることはない。それほど重要な物だからだ。

少年は一呼吸おいてから真っ直ぐに女性の目を見て、そして言った。

「……俺は、冤罪でここに追放されました」


どうなる、少年。

次回、「最下層民」

鋭意執筆中。

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