底なしの優しさ
さて、ここに住まわせてもらうと決まったからには、ゲンさんの言葉に従うのが当然であるが、世間知らずにあたる私は一から十までここの生活についてまず教わらなければならないだろう。
「ゲンさん、ここで生活するにあたって何か決まりとか、注意点とかはありますか?」
「そうだねえ……まずはむやみやたらに薬草に触れないことと、慣れないうちは一人で町や森の中へ行かないこと。ここはそんなに治安がいいわけじゃあないからの」
なるほど。迷子にならないためかと思ったが、戦国ならば天皇の御膝元でない限り、治安がいいわけはないのか。
ていうか近くに町あったのね。
ここ一軒しか建ってないからてっきりもぐりな感じで店を営んでいるのかと思っていた。
でもこんなところにわざわざお客さんなんて来るのか?
「わしは週に一回町まで出向いて薬を売っておる。ちょうど今日は町へ行く日だ。一人で置いておくのも不安だから、ついてくるとよい。そのほうが勉強にもなるしの。他のことは帰ってきてから決めようか」
私がよっぽど不思議そうな顔をしていたのか、ゲンさんが先ほど疑問に思った内容の答えをくれる。
しかも早速連れて行ってもらえるらしい。
「わかりました!御供させていただきます」
「だが、その前に。その恰好を何とかせねばならんな。その恰好では悪目立ちしてしまう」
そう言っておもむろに立ち上がり、ごそごそと箪笥の中を探り始めるゲンさん。
そしておお、あった、と一着の着流しを持ってきた。
「男物ですまんが、わしが若いころ使っとったやつだ。美鶴さんは身長が高いから丈が気になるところではあるが、町に降りたらちゃんと丈のあったものを買ってあげるから、今はこれで我慢しておくれ」
「えっ、そんな! わざわざ悪いです! 買ってもらわなくともこれで十分ですよ!」
とてもじゃないが申し訳なさ過ぎて、その申し出を断ろうと、ブンブンと全力であたまを横に振る。
「まあまあ。孫ができたみたいで嬉しいんだ。わしの好きにさせてくれ。幸い薬師をしているおかげで生活には困らんから気にしなくていい」
「そこまで言ってもらえるなら……お言葉に甘えさせてもらいます。で、でも一着で十分ですからね?一着で!」
底なしの優しさを持つゲンさんなら何着か買ってくれそうだが、そんなことをされた暁には、申し訳なさ過ぎて頭が上がらない。むしろ頭から地面にめり込む。
案の定少し不満そうにしたゲンさんから遠慮しなくていいとのお言葉をいただいたが、何度も念を押して納得してもらった。