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 週末。

 再び瑛穂に呼び出された琴美は、また同じファミレスのテーブルを挟んで向かい合っていた。

「はい、おみやげ」

 渡されたのは、約束通り温泉まんじゅうの包みだ。

「ありがと……って、こんなに?」

 包みは二つあった。ひっくり返してラベルを見ると、十八個入りと書いてある。

「琴美のお母さんも好きじゃなかったっけ?」

「うん、好きだと思うけど……え、一人一箱なの……?」

 こしあんなら何個でもいけると思ったこともあるが、こうして目の前に積まれてみると自信は揺らぐ。しかも賞味期限は短かった。最後は渋いお茶が怖くなるかもしれない。

 誰かにお裾分けしようそうしよう――就職相談室の前田を思い浮かべつつ、琴美は話題を変えた。

「旅行、どうだった?」

「ん、まあまあかな。のんびりしてきたよ。いろんなお風呂があったから、気合い入れて朝昼晩と入って全部制覇したし」

「制覇とか、ちっとものんびりしてないように聞こえるけど」

「お風呂でのびてたから大丈夫」

「のぼせてたんだよね、それ絶対……」

 終盤は本当に気合いで入っていたに違いないと、琴美は確信していた。瑛穂には最後までやり通す根性が備わっているのは十分承知しているが、使い方を時折間違えるのが玉にキズだ。

「お待たせしました」

 会話の切れ目を狙うようにウェイトレスが運んできたのは、今週からの限定デザートメニュー『スペシャルパンケーキセット』が二つだ。フルーツとクリームで埋め尽くされたパンケーキを前に、二人とも目を輝かせてナイフとフォークを握った。

「そういえば、あれ、行ってきたの?」

 皿からパンケーキが半分ほど消えたところで、瑛穂が思い出したように言った。

「あれってどれ?」

 琴美のパンケーキはまだ三分の一以上残っている。この差が縮むことはない。瑛穂はもっと味わって食べるべきだ。

「なんだっけ、バーゲンの帰りに言ってた、やけっぱちなタイトルのアクセサリー展」

「『何でも手作りフェスティバル』ね。うん、行ったけど」

「いいものあった?」

「多分……あったと思う」

「たぶん? 思う? 行ったんじゃないの?」

「……」

 パンケーキを口に入れてごまかしてみる。瑛穂の視線は動かない。

(白崎さんには全部話しちゃったし、もういいかなあ……)

 瑛穂なら言いふらしたりはしないと自信を持って言えるのだが、問題は話した後の反応だ。長いつきあいだから、いろいろと想像はつく。できれば話したくなかったが、揺るがない視線に観念して、理恵に出会ったところから全部話した。

「――それで講演会のある日にいったんだけど、谷口さん、講演をキャンセルしちゃってて結局会えなくて」

「あんた何しに行ったのよ」

 白崎と同じ事を言われた。予想通りだ。

「自分でもそう思う。他に伝言を頼める人もいないし、しょうがないから帰ってネットで検索してみたんだけどね」

 名前やアクセサリー、『何でも手作りフェスティバル』といったキーワードを次々と入れて検索してみたのだが、わかったのは谷口学というフルネームと、卒業した専門学校の名前。就職したのはファッション雑貨の会社で、その後、本格的なアクセサリー作りを学びにフランスに渡っているということ。帰国して最初の仕事とも言えるのが、例の講演だったと言うことだけだ。ただしこの辺の情報は、講演会からのチラシでもわかることだったので、目新しいことは何も無い。

「会社は辞めちゃってるし、ブログもSNSもわからないから、ほんとに連絡の取りようが無くて」

「これだけネットが普及してても人一人捜すのって難しいのね。そのなんとかアクセサリー展の主催に聞いてみるのはどうなの?」

「『何でも手作りフェスティバル』のホームページがあったから、そこにメールしてみたんだけどね」

 奇跡的に返信があったのだが、内容は期待とは大きくかけ離れていた。曰く、昨年度中に約束を取り付けていたため、本人から当日連絡があるまではメールのみでやりとりをしていた。メールアドレスは教えられるが、今のところ一切連絡が取れなくなっている、とのことだ。

「なにそれ。気持ち悪くなってきた」

 瑛穂は顔をしかめた。

「食べ過ぎた?」

「パンケーキの二枚くらいでそんなわけ無いでしょ。気持ち悪いのはその人。行方不明っぽいじゃない。事件に巻き込まれたとか、そういうの考えない?」

「……ほんというと、そんな気もしてる。教えてもらったアドレスにメールしてみたけど何の返事もないし」

 はあ、と琴美はため息を吐いてパンケーキをつついた。

「もうどうしようもないよねえ、これ」

「メールには伝言のことも書いたんでしょ。だったらいちおう役目は果たしたって思ってもいいんじゃない? それよりその理恵さんって、なんで急に来られなくなったのかな」

 とっくに皿を空にした瑛穂は、コーヒーカップを握ったまま眉間に皺を寄せている。

「さあ? 病気には見えなかったから……仕事の都合とか?」

ついでに主催側に理恵の件も問い合わせてみたのだが、全国規模で行われているイベントのため、個々の欠席理由を問うことはないとのことだった。参加申し込みの時に、いかなる理由でも返金はしないという条件で登録費を振り込んでもらっているので、ドタキャンされてもあまり困らないそうだ。

「仕事ね。そういうのもあるよね……」

 頷く瑛穂は、何か違うことを考えているように見えた。

「なに?」

「ん……どうでもいいことなんだけど。もしかして理恵さんって、その谷口さんって人のこと、好きだったんじゃないかなあって」

「――さすが瑛穂」

 今度は褒められた理由が瑛穂にもわかった。まあね、と瑛穂は得意そうにコーヒーを飲んだ。

「どの辺でそう思った?」

「谷口さんにごちそうしてもらった思い出をモチーフにしたりとか、しかもそれが『ハートの芽』でしょ? でもって、その講演会ってバレンタイデーじゃない」

 やはり思考回路がそっくりだ。瑛穂が挙げた箇所が、琴美もずっと引っかかっていた。

「話してるときもずっと幸せそうだったし、きっとそうだと思うんだよね。だから本当はもっと違う伝言を残したかったんじゃないかなとか」

「んー、でも谷口さんて海外留学してたんでしょ? 帰ってきてから告白しようと思ってたら……恋人を連れて帰ってきましたとか、そういう失恋フラグかも」

 割り込めない雰囲気に、泣く泣く背を向けた――唐突なキャンセルは、そういうことなら理由が付くかもしれない。

「あー、そのセンもありえちゃうなぁ……あたしとしては谷口さんだけに解る暗号説って言うのも捨てがたかったんだけど」

 結果はどうあれ、やはり伝えてあげたかった。少なくとも、一方的に切り離すような別れ方にはならなかったと思うのだ。

「妄想するのは勝手だけど、あんた、理恵さんの連絡先も聞いてなかったんでしょ?」

 ――ギク。

 琴美は遠くを見たまま固まった。その点は話していないのになぜ気づかれたのか。

「やっぱりそうなんだ」

「う、うん……ほら、お互い、慌ててたし?

「そうかな。わざと言わなかったんじゃないかな」

「……どうして?」

 瑛穂は肩をすくめた。

「谷口さんに伝言が届いたかどうかは、どっちでもよかったんじゃない? 本人に面と向かって言わないなら、そういうことだと思うんだけど」

 だから伝えられなかったことを気にするなと、瑛穂はそう言っている。その気持ちを琴美はありがたく受け取った。

「……そう、かもね」

 究極の自己満足を目指すのか、自分勝手な頼みを無視して気楽に過ごすのか。

 白崎の問いに、ようやく答えが出た。

(もらいものじゃ、悪いかなあ……)

 琴美は横に置いた温泉まんじゅうの包みを見た。


 *


「社長、今よろしいですか?」

 ノックの音がした。開け放したままの扉から一歩下がった位置で、畑山が直立している。ペットボトルのお茶を口に含んだところだった白崎は、手振りで入室を促した。

「失礼します」

 律儀に一礼して、畑山は勧められたソファに腰を下ろす。向かいに座った白崎に向けて、持っていた封筒を差し出した。

「こちらの報告が届きました」

「ありがとうございます」

 白崎は封筒を受け取り、開ける前に確認した。

「中本理恵は、いましたか?」

「はい」

 畑山は頷き、一呼吸置いて続けた。

「先月までは、確かに」

「そうですか」

 白崎は目を閉じ、それから封筒を開いた。出てきたのは数枚の書類だ。一枚目の最初に、女性の写真が印刷されている。

「そちらが中本理恵さんです。群馬県出身、地元の高校を卒業後、東京の専門学校に入学。専門学校卒業後は、都内にあるアクセサリーのデザインと販売の会社に勤めていたようです」

「鎮森さんの話とは一致するのか」

「今回も鎮森さんとの接点が無いか調べてもらいましたが、現時点では何も無しと言うことでした。ブログやSNSといったネットから拾える情報が無いとも言い切れませんので、調査を継続するかどうか、問い合わせが来ています」

「そこまでは要らないと思いますので、断ってください」

「わかりました。そのように伝えます」

 白崎は理恵の写真を眺めた。入社時の社内広報の自己PR欄からコピーした物だと畑山が教えてくれた。溌剌とした笑顔がこちらを向いている。胸元に下げているペンダントを自慢げにかざしてポーズを取っていた。

「……新年早々に、事故か」

 報告書を開くと、理恵の詳細なプロフィールがでてきた。生まれた場所、家族構成、通った学校、そして就職先。最後は、先月初めに交通事故に遭い、搬送先で入院一週間後に亡くなったと締めくくられていた。

 人の一生はこんなに簡単にまとめられてしまうのかと思うと、やるせなくなる。

「まったく、幽霊になれるんだったら人に頼まないで直接本人のとこに出てくりゃいいだろうに」

 こんな感情はガラでもない。わざと吐き捨てるように言うと、

「幽霊にも何かしらの制限があるのかもしれませんね」

 畑山は真面目に返してきた。白崎は数秒考えて、降参した。

「どんな制限ですか?」

 個人的見解ですがと、畑山は前置きした。

「本当に幽霊だとすると――いると仮定すると――万人には見えません。鋭い霊感の持ち主でもない限り、気配を感じてもらえることもないでしょう。目的を持って現れたとしても、相手が何も感じないのなら全く意味がありません。通訳の様に、自分の存在と言葉を感じ取ってくれる人の仲介が必要になります」

「死者の声を聞くとか、霊媒師なんかがよく言いますよね。鎮森さんに伝言を頼んだのも、そういうことなんでしょう」

 存在と言葉。言葉は琴美が担当した。それでは存在を感じ取る担当は何か。

 あっ、と白崎は目を瞠った。

「その通訳、じゃない、霊感の持ち主を捜すためにウチのシステムを乗っ取ったと、そういうことですか?」

「乗っ取る、というより、乗っかった、とでもいうんでしょうか。下手なたとえですが、渡し船がそこにあったかのようなものではないかと。確か、不可解な発信があっただけで、それ以上の異変はなかったと記憶していますが」

「ええ、そうですね」

 前回と今回。どちらも異常を受信しただけに終わっていた。畑山の理論で解釈するなら、その発信は「ここにいるから誰か来て」と、そういう叫びだったと言うことになる。

「その課程が正しいとして……ちょうど良く乗っかられたウチのシステムのそばで、たまたま鎮森さんがいたから話しかけてみたら声を聞いてもらえたとか?」

 偶然だとしても、気の長い話だ。もう死んでいるから、長いも短いも無いのかもしれないが。

「そうですね。鎮森さんが来るように発信されているのか、発信したから鎮森さんが来たのか、どちらかは解りかねますが。この先は主任に相談された方がよろしいでしょう」

「いや、さすがに立原も幽霊までは専攻外だと思いますよ?」

 とはいったものの、実際に立原に仮説を持ちかけたら目を輝かせそうだ。『科学と非科学の融合だね』とでも言って研究を始める様子が詳細に想像できるのが怖い。

「……この件は、立原にはまだ言わないでおいてもらえますか?」

「承知しました」

 畑山の返事に安心して次のページをめくった瞬間、白崎は固まった。

「畑山さん、これは……」

「はい。そちらが伝言先の谷口学さんに関する報告になります」

「それは見れば解るんですが」

 谷口の件は頼んでいなかった。畑山はすまして続けた。

「まとめて依頼しておきました。いずれこの人に辿り着くことになりますから二度手間では料金も倍になります」

「……ありがとうございます」

 白崎は素直に頭を下げた。本当に畑山には頭が上がらないことばかりだ。

「谷口さんは、中本理恵さんと同じ専門学校を卒業した後に、やはりデザイン会社に就職。三年後に退職してフランスに渡り、アクセサリー作りの勉強をしていたそうです。昨年一度帰国して、その際に起業の準備を始めたようでした」

 その話も、琴美から聞いた話と一致している。白崎は谷口の写真を見つめた。アクセサリー作りをしているという先入観から、線の細い男性をイメージしていたが、谷口はどちらかというとスポーツマンタイプだった。仕事とは別に、何かスポーツをやっていたのかもしれない。

「谷口さんは講演会に会わせて帰国しているはずですよね。まだ日本に定住所は持っていないんですか」

 起業を予定しているならなおさら拠点を決めてあると思うのだが、谷口の調査書はそこで途切れていた。

「実は谷口さんは帰国後しばらく行方不明状態でした。居場所が判明したのが今朝のことで、メールで簡単に報告がありました」

 報告書には間に合わなかったので、畑山がプリントアウトした用紙が最後に一枚ついていた。

 そこには調査員がようやく谷口の居場所を確認したとあった。谷口は専門学校の先輩でもある松野の所に身を寄せていた。埼玉県出身の松野は、今は地元で小さなアクセサリー工房を設立していて、今回の谷口の起業の支援者の一人でもあったそうだ。

「融資詐欺……?」

「その文面では少し解りづらいので電話で確認しました。谷口さんが起業するにあたって、融資を申し出る人がいたそうです。その方が、他にも支援者を募ることができる、ついては事務費を少しばかり都合して貰いたいと」

「そしていざ始めようとしたときには、相手は連絡が取れなくなっていると」

 谷口は、だからのんきに講演などしている場合ではなかったのだ。

 白崎は額を押さえた。

 琴美に伝言を頼んだことで一段落したのか、例の監視カメラの調子は安定している。これで伝言が届かなかったとなったら、また不調になるかもしれない。早めに解決するのが得策だ。

 谷口の居場所がわかれば、琴美は前回とは異なり、自分で行くと言うだろう。理恵の死を知らない琴美が谷口と話せば、混乱するのは目に見えている。

(いや、待てよ)

 白崎は額から手を離した。

「畑山さん、谷口さんは、中本理恵さんが亡くなったことを知らないと言うことはありませんか」

「残念ですが。理恵さんが事故に遭ったときにはすでに帰国していたそうです」

「そんなに前から?」

 それではやはり琴美に伝言を届けさせるわけには行かない。

 理恵のことを説明するとなると、豊原テックの一件から順に説明していかなければならない。西山の件も結局知らせないままに終わっているのは、そもそも白崎や立原が自分自身に納得のいく説明ができないからだった。

 ややこしいことになったな――再び額に手を当てる白崎に、畑山が遠慮がちに声を掛けた。

「社長。谷口さんを訪ねるのはしばらく待っていただいた方がよろしいかと」

「そうですね。今頃は大変そうですよね、精神的にも」

「はい。これは電話で付け足されたことなのですが、谷口さんの起業を一番支援していたのが中本さんだったそうで、訃報を聞いてから谷口さんの衰弱が激しいのでしばらくはそっとしておいて欲しいと、調査員が松野さんに釘を刺されたそうです」

「わかりました。どのみち、まだ届けに行くかどうかは決めてないんです」

 畑山はほっとしたような頷いた。

「では、今回の調査はここまででよろしいですか?」

「ええ。畑山さん、ありがとうございました」

 畑山が退室して、白崎は一人になった。

 谷口が身を隠しているなら琴美が独力で見つけ出すのは難しいだろう。依頼してきたとしても、これから調査すると言えば、しばらくは時間を稼げる。谷口が落ち着くまで会わない方がいいと止めることもできる。

(問題を先送りにしてるだけだけどな)

 時間が解決することもある。どう解決されるのかは予想もつかないが。

 携帯が鳴った。

 表示された相手の名前を見て、白崎は苦笑した。

「……やっぱり見つからなかったのか」

 やがてオフィスにやってきた琴美が手土産に持ってきたのは、温泉まんじゅうだった。

ようやく締めくくりとなりました。

この続きはまたそのうちに!

読了、ありがとうございました!

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