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 翌週、琴美は再び石原ビル――バーゲン会場だったイベントビルの名前だ――に来ていた。瑛穂は予定通りゼミのメンバーと旅行に出かけている。どこに行くのかは聞かなかったが、『お土産は温泉まんじゅうね』とメールが来ていたので、温泉地なのだろう。

『こしあんでお願い』

 饅頭はこしあんに限る。

 いまさら瑛穂には言わなくてもわかるだろうが、念のためにメールを返しておいた。

 自動ドアを二つ通って玄関ホールに入ると、正面に『何でも手作りフェスティバル――貴金属ウィーク――』の立て看板が見えた。バーゲンも週の頭に終わってしまっているので、今日はこの他にイベントはないようだ。まっすぐ進んでエレベータに乗り込むと、同じ目的らしい女性グループが何組も同乗していた。シルバーがいいだの、道具がどうのと、目を輝かせておしゃべりしている。聞いたブランドの名前も出てきたから、理恵の言うとおり、掘り出し物があるかもしれない。

(……帰りに一回りしていこう)

 足取りも軽く、エレベータを降りた。

「いらっしゃいませ。こちらで参加費のお支払いをお願いいたします」

 イベントはなかなかの盛況ぶりだった。エレベータ前の受付で参加費を払うと、パンフレットとチラシをまとめて渡された。壁際に寄ってパンフレットをめくってみると、中は場内案内と、出展者の一言PRだ。

 チラシの方は、今日の講演会と体験コーナーのお知らせの他は、協賛企業の広告だった。講演会の案内は先週見た物で、目新しい発見はない。ちなみに講演のタイトルは『手作りをするということ』だそうだ。協賛会社名が並んでいるので、ハンドメイド推進講演だと思われる。

 講演者に話しかけるような時間があるかどうか尋ねてみたかったのだが、振り返ると受付前に列ができている。六人もいる受付担当が全員忙しそうだったので、琴美は諦めてパンフレットに視線を戻した。

(開始時間はもうすぐなんだけど)

 講演会場は同じフロア内なので迷うこともないだろうが、念のためにパンフレットに綴じてある場内マップを広げてみた。

 会場は五階フロア全部を使っているので、かなりの広さがある。一番広く取られているのは当然参加者のスペースだ。次が手作り体験コーナーとグッズの販売コーナーとで、講演会の会場は販売コーナーの隣に付け足しのようにくっついていた。あまり重要視されていないように見えたが、講演会の模様はフロア内のあちこちに設置されたモニタテレビでも映し出されると補足がついていた。動くことのできない出店者も、これで講演を聞くことができる。

(とりあえず、行ってみよ)

 入り口から入ると、場内は騒然としていた。先週のバーゲンさながらに、売る者と買う者が、それぞれの熱意でもって会場を埋め尽くしている。その熱気の中に飛び込んだ琴美は、会場の様子が先日と多少異なることに気づいた。

 参加者のスペースは、先日見たとおり、長テーブル二つ分らしい。しかしこんな人混みにもかかわらず、妙にすっきりとしている。

(間仕切りがないんだ)

 こういったイベントであれば、間仕切りは逆に邪魔だ。どうせなら先週片付けて欲しかったが、今さら愚痴っても仕方ない。琴美は開けた場所を目指して進んだ。

 一番の問題はどうやって谷口に話しかけるかだ。チラシの写真で顔は確認しておいたが、講演会の前後で見知らぬ相手に声を掛ける機会があるかどうか。

(……やっぱり、お店を探す方がいいかな)

 理恵の話では、谷口は講演だけでなく出店スペースも取ってあるはずだ。もともと理恵も、そこに伝言を置いておこうとしていたのだから、谷口本人がいる可能性も、話しかける機会も、確率としてはかなり高いはずだ。

 我ながら名案だと、いそいそとマップを開き直した琴美は、そのまま固まった。

(……谷口さんって……個人で登録してるのかな……)

 場内マップはアルファベットと数字の組み合わせから、出店者を捜せるようになっている。グループ名だったり個人名だったり企業名だったりと、統一性のない並び方に一瞬めまいがした。

(もう少しわかりやすいのは……)

 ありがたいことに五十音順に並んだ出店者一覧もあったので、そちらから逆引きで探してみる。だが何回見ても、谷口の名前はなかった。

 いきなり万策尽きた琴美は、呆然としかけた己を叱咤する。

(……まだ、まだ講演会が残ってるから大丈夫!)

 時計を見れば、講演開始三十分前だ。講演が始まれば谷口が出てくる。終わってから何とかして捕まえるしかない。琴美は講演会場に向かった。通路はそれなりの幅を取ってあるが、テーブルの前でみんな足を止めるために、一人がやっと通れるほどの幅にまで狭まれている。

(とにかく一言、理恵さんから伝言ですって言えればいいんだから――あ、あのリング綺麗)

 人混みを避けながらも、つい、視線はテーブルの上に向かう。値札を見ても、驚くほど高いということもない。予想通り、掘り出し物が多そうだ。様々な光の誘惑を振り切って――あとで見に来るから!――琴美は足を速める。

(マップに印でもつけておこうかな……)

 前を歩く人がそうやってチェックしているのを見て真似しようとしたが、あいにくペンの一本も持ってきていなかった。用事が終わったらもう一度全部見て回ればいい。そう自分を慰める。

(あれ?)

 講演会の場所に辿り着くと、違和感があった。後援者用の椅子とマイク、その後ろに無地の衝立が置かれている。手前には二十脚ほどのパイプ椅子が並んでいるが、誰も座っていない。『特別講演会』という文字が見えた立て看板を、スタッフの男性がいそいそと裏返して引っ込めていった。

 嫌な予感を覚えつつ、琴美は近くのスタッフに声を掛けた。

「すみません、今日の講演会ってここじゃないんでしょうか」

 ボランティアと書かれた腕章をつけた男性は、琴美とそう変わらない年齢のようだった。理恵が通っていたような専門学校の学生かもしれない。寝不足気味の顔をしたスタッフは、申し訳なさそうに答えた。

「今日の講演会は急遽、中止になったんです」

 講演会そのものはどうでもいい。問題は講演者だ。

「そうですか。あの、谷口さんには会えませんか? 実は谷口さん宛に知人に頼まれたことがあって」

「それが、谷口さんが急に来られなくなってしまったんです」

 スタッフの話によれば、今朝になっていきなり谷口本人から、今日はいけなくなったという電話があったそうだ。それを聞いたもう一人の講演者である松野も、主役がいないのでは意味がないとキャンセルしてきたという。結果、講演会はお流れ、ということになってしまったと言うことだった。

「後日改めて開催するってことはありませんか?」

「たぶん、無いんじゃないかと思います。講演会のこのスペースは、明日から別の企業さんの販売コーナーになっちゃうし」

「無理を承知でお尋ねしますけど、谷口さんに連絡を取る方法なんて、無いですよね?」

「申し訳ありませんけど……」

 スタッフも困惑しつつも、それ以上のことは知らないし、教えられないと言って立ち去った。

 完全に打つ手が無くなった琴美は、場内を回ることも忘れて会場を後にした。

気づくと……GWが終わっていました……(>_<)

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